スタートアップ企業と投資家がおこなう投資契約

投資契約というと、 VC (ベンチャーキャピタル)がおこなうイメージがあるだろう。

しかし、エンジェル投資もまた多額の投資であったり、エンジェル税制を適用する時などに、投資契約書を作成する場合がある。

そのため、この記事では投資契約の概要やエンジェル税制における投資契約について解説していく。

また(起業家にとって不利な条件を投資契約書に記載する投資家もいるため)投資契約を交わすときに気を付けるべき点も説明していく。

投資契約とは

投資契約は、エンジェル投資家や VC (ベンチャーキャピタル) が会社に投資する際に、投資家、発行会社、創業株主の間でおこなわれる契約のことである。

主に、投資をするために必要な条件や会社を運営していくときに投資家に対して与えられる権利、経営に関する干渉について取り決められる。

VC (ベンチャーキャピタル) は投資契約を結ぶことがほぼ前提となっている。

投資契約をするエンジェル投資家は今のところ少ないものの、多額の投資であったり、エンジェル税制を利用するために、投資契約書が必要な場合もある。

投資契約の起業家側のメリット

投資契約は、投資家が株主として持つ権利以上の権利を得ることができる契約であるため、投資を受ける起業家は自ら進んでしようとはしないだろう。

しかしながら、投資契約を結ぶことが必ずしも起業家側にとって不利=悪いものになるという認識は間違っている。

確かに、投資契約書に起業家が不利になるような内容をわかり辛く入れる詐欺のような投資家もいるが、投資契約の使い方を誤らなければ、起業家側にとってもメリットはある。

投資をしてもらうまでの時間を短縮できる

投資をするまでに、投資家は「デューデリジェンス」という、投資する会社について収益性やリスク、会社の価値などを詳しく調査する過程がある。

組織や財務活動、財務内容からリスクを把握したり、定款や登記事項などが法律に違反していないかを総合的に調べる作業だ。

起業家も必要書類を投資家へ開示したりと事務的な手間が掛かり、多くは1~2週間程度を要する。

しかし、投資契約を結ぶ際に「表明保証」をおこなうことで、デューデリジェンスの一部を簡略化することができる。

「表明保証」とは、 下記の3点を投資家に対して保証する条項のことである。

①投資家にたいして開示した決算書類が正しいものであること

②事業が重大な法令違反を犯していないこと

③反社会的勢力と関わりはないこと

これによって、投資家も起業家も事務的な手間や時間を短縮することができ、短期間で投資をしてもらいやすくなる。

時間や手間の短縮は、スピードが求められる起業や資金調達において大きなメリットになるだろう。

投資をしてもらいやすくなる

(投資家にとって)投資をする時に不安なことは、収益化できるかどうかである。

多額の出資をおこなうならば、株式の売買、M&A(買収・合併)など、経営に関する重大な取り決めには深く関わりたいと考えるだろう。

投資契約には、経営への干渉に対する取り決めや出資者のイグジットに関する取り決めなどがある。

特にスタートアップ企業は成長するかどうかが不明瞭であり、投資家が求める結果に至らない可能性が高い。

事業が失敗した時のために、イグジットに関して明確にしておくことは投資家の不安を軽減することができる。

投資契約によって、収益化できる可能性が低いスタートアップ企業であっても、出資をしてもらえる可能性が増えるというわけだ。

事業を経営していくということは、投資家と長い付き合いになるということである。

経営には課題が多くあり、時には投資家と起業家の意見が一致せず、トラブルになることもあるだろう。

その際、 投資契約を作成しておくことでトラブルの発生を抑え、投資家たちと円満な関係を築いていくことができるはずだ。

投資契約書の構成

次に、投資契約の基本的な構成について解説する。

エンジェル投資の場合、個人によっては簡略化されているものもある。

ここでは、 VC (ベンチャーキャピタル) などを対象とした投資契約書の構成やエンジェル税制を活用するときに要する投資契約書について説明する。

投資契約には「投資契約」、「財産分配契約」、「株式間契約」の3つがある。

①投資契約

株式引受契約ともいう。

投資家が投資をした代わりに株式を得る際、株式の種類や内容、数や価格など、投資をする条件を定めたものだ。

その概要は以下である。

(1)投資家が得る株式の種類や内容、数、価格

(2)資金の使い方

(3)表明保証など投資をする前提条件、投資をする条件

(4)契約違反に対する取り決め

投資家にとって明確にしておきたいことが多くあるのが投資契約だ。

投資契約を結ぶことによって投資に対する不安材料を減らし、また出資金の用途を把握しておくことで適切な事業の経営を約束させるものである。

②株主間契約

株主間契約は発行会社と特定の株主との間で結ばれる契約。

出資をしてからの会社のあり方や出資者に与えられる権利や義務などを定めている。

(1)会社経営のあり方

(2)情報開示に関する事項

(3)投資家のイグジットに関する事項

主に3つで構成されており、投資家の経営に関する干渉はここに記載されることになる。

その中には、事業の重大な決断をする時や多大な経費を掛ける時に事前承認制を取ったり、取締役の指名権について書かれていたりと、起業家にとって不自由な経営を強いられる事項もある。

そのため、株主間契約をする際はより注意して契約書に目を通さなければいけない。

経営に干渉せず、事務的な負担を嫌うエンジェル投資家は、株主間契約を結ばないことが多い。

③財産分配契約

財産分配契約は、M&Aが生じた時の事前合意や株主間の分配方針を定めるものだ。

「みなし清算条項」や「同時売却請求権」など、イグジットに関するものを中心に作成されている。

「みなし清算条項」とは、M&Aが生じた際、会社を清算したものとみなして出資者たちにも優先的に財産の分配を定めた条項である。

M&Aの際は株式の譲渡をおこなうのが一般的であるが、会社自体は清算されないため、優先権をもつ投資家の残余財産分配請求権を行使することができない。

みなし清算条項を定めることで、契約上、会社自体も清算したことにして、投資家への優先的な財産分配を実現するものだ。

「同時売却請求権」とは、一定の条件を満たした場合、M&Aに反対している株主に対して賛成するように請求できる権利である。

この権利は起業家のみに限らず、要件次第では持ち株数が最多の投資家が独断で行使できる。

M&Aを強制できるといった非常に強い権利であるため、契約書に「同時売却請求権」または「強制売却事項」が記載されている場合には、弁護士など専門家を交えて十分に検討するべきである。

エンジェル税制における投資契約書

エンジェル税制で必要な投資契約書の記載事項は、中小企業のHP(https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/chiiki/angel/download/promise.html)にひな形が掲示されている。

本来の投資契約ほど多くの取り決めはなく、主に以下の記載が求められる。

①発行会社により発行される株式の総数、払込み金額

投資によって発行される全体の株式の総数と、その総額を指す。

②個人が取得する株式の数、取得価値および取得価値の総額

出資者1人1人が引き受ける株式数と株式金額を記載する。

③発行会社により発行される株式の払込みの方法および払込み期日またはその期間

出資金の払込みの方法と、払込みする期日、期間を記載する。

④個人が発行会社に対して約束する事項

エンジェル税制の要件を満たした投資家であることの証明。

会社に対してあらかじめ定められた金額で株を買うことができる権利(新株予約権)を受け取っていないこと。

株式の保有状況に変化が生じたとき、内容、発生した年月日、株式の数などの報告を約束すること。

⑤発行会社が個人に対して約束する事項

エンジェル税制の適用条件を満たした投資家に対して、エンジェル税制を受けるために必要な書類を交付すること。

中小企業等経営強化法施行規則の第3条第1項にある要件を満たした企業であること。

個人がエンジェル税制を適用するときに必要な確認書を交付すること。

清算結了または特別清算の結了があった時は、その旨を証する書面を作成し、個人に交付すること。

その他、エンジェル税制を活用する際に必要な書類を個人から求められた場合、それに応じることを約束することが記載されている。

つまり、エンジェル税制を活用する際の投資契約書は、エンジェル税制に関する取り決めのみで構成されている。

不利・有利ということではなく、あくまでエンジェル税制の活用を円滑に進めるための契約である。

投資契約で気をつけたいポイント

投資契約においては、投資家が投資契約書を作成するためにどうしても力関係が発生してしまう。

投資家が持ってきた投資契約書をそのまま受け入れるのではなく、内容についてよく検討する必要がある。

まず、経営に関する干渉をどこまで許すか。

例えば、会社に大きな変革を起こす際、事前承認制を採っていると、素早い決断ができなかったために機会を逃したり、あるいは承認がなければ不可能となってしまう。

投資家に拒否権を与えていることと同じであり、「会社に関する重大な決断を起業家側ができない」といったデメリットが生じる。

大切なことは、できない約束をしないことだ。

特定の期日までに上場を義務づける要求をする条項などがあり、これを承認してしまうと上場ができなかった場合、起業家側が不利になるだろう。

スタートアップ企業は安定したものではないため、先々を約束させるような条項は避けたほうが良い。

これらをわかりにくい形で投資契約書に紛れさせる投資家もいるため、投資契約書は隅から隅まで注意深く見ることが重要だ。

投資契約書については、不明点やあやふやな部分はしっかり確認し合い、慎重に交渉を進めることが大切だろう。

まとめ

エンジェル税制における投資契約書の記載は、投資家・起業家ともにエンジェル税制の要件を満たしていることの証明や、エンジェル税制の適用に関する手続きをスムーズにおこなうことを定めているだけであり、安心して取引ができるものだ。

本来の投資契約は、株主引受契約、株主間契約、財産分与契約の3つで構成される。

その中にはさまざまな条項や要求が含まれているため、起業家側が不利になるものはないか、内容をよく確認し、検討しなければいけない。

適切な投資契約をおこなうことができれば、投資家と起業家双方の事務的な負担を減らしたり、会社の信用性を上げることができて、投資をしてもらいやすくなるというメリットが生じる。

(どちらにとっても有利・不利になりすぎない)パワーバランスのよい適切な投資契約をするために、内容を理解できる程度の知識をしっかり頭に入れて、交渉を進めよう。