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顧客は営業マンの訪問は嫌なのか

7年連続の増収・増益を記録しているリコーは、消費不況のおり同業他社の垂涎の的だ。とはいえ、業績に貢献しているのは海外部門の好調で、国内での販売は厳しい。しかし、そんな中でも、この2年間、「バブル期並み」という好業績を維持する営業部がある。リコーの販売会社、東京リコーの城南営業部だ。

東京の山手と下町の要素が混在する城南地区──。ビジネス街があると思えば、昔ながらの町工場も高級住宅地もある、文字どおり、東京の縮図ともいえる地域だ。東京リコー城南営業部は53名の陣容で、品川区、大田区、目黒区、世田谷区をテリトリーとして法人営業に動く。

その感触を部長の山田雅之(44歳)は「いいですね。すごくいい。われわれは2000年に『新販売に挑戦!』をスローガンに、営業手法の徹底した改革を行いました。以来、売り上げも利益も2ケタの伸びですから。1998、99年の低迷期に比べたら1.5倍の数字になりますよ」と胸を張る。

こう話す山田には“負の原点”ともいうべき苦い思い出がある。城南営業部に赴任してきた98年当時のことだ。長年の得意先だった、品川区の中規模メーカーに納入していたコピー機5台が、そっくりライバル会社に引っくり返されたのである。予期していなかった事態だけにショックだったという。

「『もうリコーさんのような古い体質の会社は選びませんよ』と先方に言われました。ライバル社は、電子メールやインターネットを使いスマートに提案している。

『高い安いではありません。このほうが当社も楽なんです』と。いわば、私たちが大事にしてきた、お客さまへ日参する営業文化が否定されたのです。これは、やり方を変えないと大変なことになると震えがきました」

この案件だけでなく、当時は他社に顧客を奪われることが多く、敗戦状態だった。営業部内にある7つの営業所の売り上げも落ち込んでいた。

「98、99年というのは、多くの企業が職場にITを導入した時期で、業界としてはそんなに悪い時期ではなかった。しかし我々は、お客さまのそういう変化を読めず、今までのやり方で営業をやっていたわけです」

市場のニーズは構造的に変化しつつあった。コピー機などの単独ニーズから、社内システム構築の総合的な提案能力が期待されるようになったのだ。

「ものを売ろうとしても駄目。顧客の求めているものは何なのか、という顧客志向の営業へと、発想を転換することが必要だと痛感したわけです」

そのバックボーンのひとつは、99年にリコーが実施した、顧客企業へのアンケートだった。最も好ましい営業の手段を尋ねると、「訪問セールス」という答えが55%、「電話」が23%、「ネット」が22%だった。山田はこの結果を見て危機感を感じたという。「我々は100%足でやっていました。ということは、訪問がいいという以外の、45%のお客さまには私たちの営業は嫌がられていたのでは──」。


得意先のメールアドレスを集めろ!

改革の具体策として山田がまず注目したのは、インターネットだった。前出の品川の会社をはじめ、「メールしてくれたほうが助かる」という声を多く聞いたのだ。「今までのやり方よりメールによる対応を望む顧客が増えているのは間違いないと感じていました」と山田は振り返る。1979年に入社。城東地区を皮切りに、台東営業所で営業マンとしてのスキルを磨いてきた経験がいわせる実感だった。

そこで、山田が発した指示が「得意先のメールアドレスを集めろ!」だった。2000年1月のことである。

およそ1万5000の顧客を持つ同営業部だが、営業マンの手元にある名刺を改めて見たところ、300社ほどの名刺がすでにアドレスを刷り込んでいた。インターネットが予想以上に浸透していることに気づかされた山田は、全営業マンに得意先関係者との新たな名刺交換を指示した。その結果、2月末までに約800件が確保できた。

もともと、リコーの営業は大手企業だけでなく中堅・中小を多く顧客に持つことから、顧客企業との濃密な人間関係を大切にする“熱い”体育会的なノリを持つ。このことは本社社長の桜井正光が提唱する、「火のように燃えて挑戦し続けよう」という企業理念「ファイア文化」にも通じる。城南営業部のトップセールスで大井営業所係長補佐を務める貝崎圭介(37歳)も、その社風を体現した一人だ。

とにかく貝崎は、メールアドレス入手に走り回った。「最初は半信半疑でした。私たちも、名刺にアドレスが刷り込まれたばかりでしたから。ところが、20数件に確認すると、約半分が持っていた。えっ、こんなところでパソコン使ってたの、という感じでした」と驚きを隠さない。もともと負けず嫌いの貝崎は、ビジネスチャンスをむざむざ潰してしまったと悔しがる。「本来ならリコーが売ることができたはずのパソコンを取られていたんですからね」。

しかし、確かに顧客はインターネットでの取引を求める意思をかすかながらも示していたのである。

こんなことがあった。ある得意先を貝崎が訪問すると、顔見知りの社員が「貝崎さん、タイミング悪いよ」と言う。欲しい品物があり、他社がメールで送ってきたカタログの中にそれがあったので、渡りに船とばかりに購入したというのだ。完全なチャンスロスだ。また、小規模な企業のトップから「恥ずかしいけれど、Eメールについて教えてくれる? 今さら社員にも聞けないし」といった相談を個人的に受けることもしばしばあったという。予想以上にネットやメールは受け入れられていたのだ。貝崎にしてみれば、ちょっとしたカルチャーショックだったろう。

こうした思いは山田も同じだった。「この作業を通じて、実は顧客のことをあまり知らなかったのだと気づいてくれたはずです」。では、次の一手は何か。山田は実にうまい指示を出した。「物を売るな。顧客を調べてこい!」と。

会社の規模や業績、業界での位置付け、コンピュータ環境とその問題点、さらに担当者についても調べた。顧客が必要なシステム提案を、顧客が望むタイミングに、顧客が求める手法でアプローチするためだ。

面白いのは、購入決定権を持つ担当者の年齢を明記させたことだ。あまりにも高齢だとコンピュータネットワークのメリットやシステムを説明しても理解できず、成約には結びつかない。最もダイレクトに反応してくるのは30代後半から40代の管理職である。彼らの理解を得て、購買意欲が高まるよう効果的な営業を仕掛けていく。

城南営業部でのIT導入は決済など事務のスピード化という副作用も招き、それが顧客満足に直結した。山田の号令のもと意識改革を図った2000年、同営業部は2ケタの増収増益となる。

コピー機5台を奪われた品川の会社から受注を取り返すのにも時間はかからなかった。「このお客さまにはどうしても認めてほしかった」と語る山田は、契約が切れた後も担当営業マンを通わせ続けた。待ちに待った次回買い替えの知らせを受けた同営業部の対応は迅速だった。提案するシステムの構築から検証、見積もりまでをまとめ上げ翌朝一番に回答。他社の回答を待たずにリコーが受注した。


商品力が強い今こそ営業力を磐石に

ITの威力を実感した貝崎だが、基本はやはり足での訪問だと言う。

「普段の人間関係がうまくいっていないと、いきなりメールを送っても読んでもらえません。まず読んでもらえる人間関係の構築が大前提です。私にしても得意先であればあるほど、会わないと不安になります。実際、1日の訪問件数は今も30件ぐらいで、それほど変わらないんです。ただ、無意味な訪問がなくなり、営業の質がかなり高くなっていますよ」

貝崎は、新人の時代は1日100件の訪問をこなした。その意味で“ドブ板セールス”は、彼のDNAに染み込んでいると言えるだろう。そこに、ITという近代兵器が加わったと思えばいい。しかも、それは貝崎に新しい営業の醍醐味を味わわせもした。「顧客に合わせて考えたシステムを提案して、発注を受けたときは本当に嬉しかった。これまでとはまったく違った成約でしたから」と言う。

ライバル社の脅威について尋ねてみると「現場で、他社の営業さんとあまりバッティングしません。お客さまに話をきいても『担当がわからない』とか『あまり来ない』という声もききます。商品のブランドに頼って営業努力を怠ったのでは」と、自信が窺われる。貝崎は昨年の4月から年末までで、現在の主力商品である多機能プリンターを30台売り切ったという。

城南営業部の改革は、従業員満足という点でも、思わぬ結果を生んだ。地を這うような訪問活動を繰り返していたときとは違い、無駄がなくなり商談の効率がよくなった。社内でトップクラスの営業成績を挙げながら、「以前より早く帰宅していますし、お休みも多くいただいています」と、貝崎は、趣味のロングボードで日に焼けた顔をほころばす。

城南営業部が、好業績を維持しているのは、これまで培ってきた筋金入りの営業マン魂と、IT戦略も導入した徹底した顧客志向が相乗効果を生んだといえよう。が、絶えざる改革への意思も窺い知れた。
「もちろん、さらなるブラッシュアップはあたりまえです。顧客の要望に応えるため、今後も、我々は変革を続けていきますよ。今は、リコーの商品力も他社と比べて強い。有り難い武器を戴いているうちに営業力を磐石にしたい。負けませんよ」と山田は自信をのぞかせた。

(PRESIDENT2002年3.4月号より)

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1996年11月に立ち上げられた小仲律子(31歳)の「Cave de vin 小仲酒店」は、ワインに関するホームページのパイオニア的存在といえる。

「酒屋のおじさんって、仕事のとき、メーカーからもらったジャンパーを着る人が多いでしょ? そういう美意識には小さい頃から耐えられへんかった。そやから親には『ブティックみたいなお洒落な店やったらやってもいい!』と突っ張っていました」と語るように、小仲のホームページはお洒落感覚に満ちている。
その最たる例が「ワインと音楽」。
「このワインを飲むときはこのCDを聴きながら!」と、それぞれのワインに合った音楽を紹介するユニークな企画だ。ほかにも「今月のおすすめワイン」や「お父さんのためのワイン講座」など実用的なコンテンツも人気が高く、現在、ワイン通信の登録者は3200人。一日のヒットが1700~2000。月額200万~300万円の売り上げを誇る。
小仲が家業を継ぐまでには紆余曲折があった。高校卒業後、米国の短大に入学。卒業後は東京の商社に就職した。バブル末期で給料も高かったが、仕事自体は全然面白くなかった。
その頃、二人の兄は医学系の学校に進み、父・康夫にとって、跡継ぎは彼女しかいなくなってしまっていた。
「仕事を辞めて習い事でもしたいなと思っていたとき、父に『サントリー・フードビジネススクールに行ってみないか』と誘われて……」
92年、小仲はスクールに通うため関西に戻り、1年でワイン・アドバイザーの資格を取得。彼女はついに家業を継ぐ決心を固めた。
2年間フランス語を習い、25歳のとき、フランスボルドーの商工会議所の教育機関(I.P.C.Vins)に入学。帳簿の付け方やワインの管理、醸造学に至るまで、ワインに関するあらゆる知識と経営学をみっちりと叩き込まれた。そして、95年、プロとしての本格的な知識を身につけた小仲が帰国してみると、店の経営はかなり悪化していた。お洒落な店づくりどころか、店の存続の危機に直面してしまったのである。

そんな彼女が、初めてインターネットと出会ったのは96年6月だった。
「知人に近所のインターネット・カフェに案内されたとき、遊びで、大好きやった音楽劇『ロッキー・ホラー・ショー』を検索してみたら、ファンクラブが世界中にぶわーっと出てきたんです。かなり興奮して、『これは商売にも使える!』って直感しました」
商社時代からマックを使いこなしていた彼女は、同年11月に独学でホームページを立ち上げた。初めのうちこそ反応は少なかったが、その後のネットブームもあって、売り上げは着実に伸びた。
現在では、店の総売り上げのおよそ四割をネット販売が占めているという。


モール出店から1年で、月商1800万円達成

99年2月26日にショッピングモール「楽天市場」へ出店した「ワイナリー和泉屋」は、参加してまだ1年余りという短期間で、今年4月の販売実績が約1800万円、販売個数約3000個、アクセス数15万強という実績を挙げた。
「売り上げの5~6%だったワインが、今は50~60%を占めています」
と語る取締役の新井治彦(42歳)だが、実は、意外なことに、もともとワインが好きではなかったという。
高校、大学時代は剣道、大学卒業後はスキーに打ち込むスポーツマンだった新井は、88年、29歳の結婚を機に、家業を継ぐことを決意。当時、コンビニエンスストアに貸していた店舗を直営店にし、酒販店免許を返してもらって店の裏の倉庫で酒店を再開した。

「どうせやるなら新しいやり方で……と、ディスカウンターを始めました」
当時はまだ、酒屋のディスカウンターが珍しかったこともあり、売り上げは前年比20%の伸びを続けた。が、数年も経つと、伸び率は下がった。

「地域密着型だから、結局、売り上げは横這いになりました。そうなると、『ディスカウンターはあまり面白い仕事じゃないな』と思い始めて……」
そんなとき、新井は店を訪れた同業の社長から「ワインが何もないね」と言われた。「それまでは結婚式で使う大量生産の美味しくないワインしか飲んだことがなく、『ワインってまずいな』と思ってました。だから、彼の"何もない"という言葉がどういう意味なのかわからなかった。そこで、それからは少しずつワインの勉強を始めました。今から7、8年前のことです」
同じ頃、ある大きな会社の在庫整理で高いワインを大量に安く入手できた。安く買えれば自分でも高いワインを飲む機会が増え、その味を知るにつれ、
「高価なワインなら美味しいんだな、と思えるようになったんです」。
いつしかワインの世界に魅了されるようになった新井は96年、手作りの「ワイン便り」を顧客300人に発行しはじめた。ディスカウンターのノウハウを駆使し、高いワインを安く提供する和泉屋の噂は口コミで広がっていった。

「コツはつねに仕入れ先のお得意リストの3位以内に入ること。そうすればいいものを優先的に安く回してくれる」
そして、2年後の98年1月、彼はネットと出会う。
「まぐまぐでワインのメールマガジンを出していた友人から『値段が安くて美味しいワインは?』と相談を受けて、これに答えると、今度は『どこに売ってるんだ?』となっていったんです」
新井も同年10月にまぐまぐに登録。メールを出し、注文を受け、振り込みを確認して商品を送るという販売を始めた。最初は500人だった読者は12月に1000人を超え、売り上げも約200万円に上った。
そして、99年1月、オフ会で「楽天市場」の存在を知った。
「家賃5万円は高いと思いました。でも、10万円近くかかるワイン便りをやめればなんとかなるな、と」
商品の紹介メールを頻繁に送ったり、毎月の売上高を公表して信用を得るなどの商売人としての熱意が、月2000万円近くの売り上げへと結びついたのである。


「売るだけではない」本物のワインサイトが目標

"商売"よりも"お洒落"にこだわってネットを始めた小仲。彼女は2000年4月、父と共にWeb管理・コンサルティングの有限会社「まるや」を立ち上げ、eビジネスのさらなる拡充を図る。
「米国にはワイン・ドットコムというワインのポータルサイトがありますが、日本にはまだ本当に充実したワインのサイトはありません。やり方次第でもっといけるかなと思っています」
ディスカウンターとしての商人魂でワインのネット販売力を伸ばし続けてきた新井。彼は今、既存のメルマガを"ワイナリー和泉屋とフード・コーディネーターの根本友子の「ワイン大好き」"としてバージョンアップさせることに力を注いでいる。
ワインの紹介や食べ物とのマッチングなど、純粋にワインの世界を楽しんでもらうためのホームページです。販売はリンク先の楽天で行います。これからの理想は"ブランド"ではなく"パーソン"。もっとワインを勉強して『新井さんが選んだワインなら飲んでみたい』と言うお客さんを増やしたいんです」
お洒落なブティック酒販店を夢見た少女はワインのネット・ビジネスのパイオニアとしてさらなる事業拡張に挑み、ワイン嫌いの元ディスカウンターは"ワインの伝道師"の道を歩み始めた。出発点の全く違う小仲と新井が、なぜか今、二人のネット・ビジネスは、あたかも「ワインの遺伝子」のように、2本の螺旋の束となって、響き合い、絡まり合いながら、新たな次元を目指そうとしているかのように見えた。

(PRESIDENT2000年5.29月号より)

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エンジェル投資総研は、シードマネー集めに難航している起業家に対し、投資・融資をしてくれるエンジェル投資家を募集し、出会いの場を創出しています。
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インターネットに客との対話はあるか

和菓子とは伝統的な技巧の産物、一期一会の精神で売られるもの、というイメージが強い。だから、「菓匠 白妙」のホームページを見つけ、そこでネット通販を行っていると知って驚いた。しかも、店主の高橋弘光さん(44歳)は、テレビ東京系の人気番組「TVチャンピオン」の「全国和菓子職人選手権」で5連覇を成し遂げた"名人"であった。

1985年創業、「白妙」の店舗は千葉県船橋市、北習志野駅前の商店街にあるが、高橋さんが菓子作りに専念する「菓志巧房」は隣接する八千代市の、のどかな田園風景の一角にある。合わせて従業員は7人、パート8人だ。

仕込みの最中、白衣姿で現れた高橋さんに、和菓子とネットという意外な組み合わせについて聞くと、「ホームページで和菓子が売れるとは思っていないし、売りたいとも思っていませんよ」と、淡々とした言葉が返ってきた。

「全国から注文が来るようになって、96年からホームページ上でネット通販を始めたのですが、ホームページは、もともと電子広告程度のつもりだったんです。求人もできるだろうと。ネットでさまざまなところにアンテナを広げたい、という気持ちはありますが、これを見てウチのお客になってもらう、というところまではいっていません」

知り合いに頼んだこともあって、ホームページの運営コストは月3000円で済んでいる。しかし、発送の手間ひまなどを考えるとネット通販はまだ採算が合わない、という。しかも、菓子の宿命として、通販そのものが難しい。高橋さんもクール宅配便などで何度か試してみたのだが、輸送中の振動や温度・湿度などの変化によって、生菓子は型崩れしてしまうし、干菓子も割れてしまうとか。通販で扱える商品は羊羹などに限られるのだ。

こうした事情もあり、ネットによる注文は現在は月に10件程度。年商1億円のうち、ネット通販の売り上げは「まだほとんどない状態」という。このように物理的な限界があるから、ネット通販に過度な期待はしていないようだ。だからといって見限っているわけでもない。高橋さんは店舗販売とネット販売を完全に切り離して考えている。

店舗販売は客との接点が命。
和菓子は、寛ぎの時間や癒し、喜びも一緒に売るもの。店ではそうしたことも含めて、きちんとお客様に説明しながら売ります。なかなか理解してもらえないこともありますが……。本当は『いちげんさんお断り』とでもして、お得意様だけを相手にしていれば楽なんでしょうけどね」

例えば、わがままな客が無理な注文をつけたとしても「ありがとうございます」と頭を下げる。その様子を見ている周りの客は、「自分はああいう客にはならないようにしよう」と思う。いつしか自然と、客も「ありがとう」と言って買っていくようになる、という。「いい店は客がつくると言いますが、いい客を店がつくるということもあるのです」。

一方、ネット通販ではこうした接点はない。客と店とが互いに"いい関係"を築いていく環境がないのだ。「直接説明ができないから、インパクトのあるものや他にないもの、見ただけで買いたくなるような面白いものがネット通販には適していると思います」。

今は店売りの仕事で手一杯だが、余裕ができたらネットで売るための和菓子も作ってみたい、という。「本当に考えてはいるんですよ。お餅の中にミルク餡を入れて『おっぱいもち』なんてどうかなぁ(笑)。店ではこんな商品出せないけど、ネットではイケるはず。店で出す和菓子は"品格"、ネットでは"しゃれ"が必要でしょう」。

そう言いつつも、ネット通販での注文に手紙を添えて発送し、メールでの質問にも丁寧に答える。ところが、「せっかくこちらが発信しても何の反応もない」と嘆く。ネットは接点なしの販売ルート、と割り切っているようでも、実は内心、ネットでもそれなりの方法で客との接点をつくろうとしているのではないか。「ネットで客を広げようとは思わないから、ネットでうまくいかなくてもダメージはない」と言うが、逆に、ネットならではの接点が持てるようになれば、積極的に活用したい、ということの裏返しかもしれない。

実は、ホームページ開設のひとつのきっかけである求人効果はそれほどあがっていないが、宣伝効果は大きかったという。「和菓子のホームページ」という珍しさもあって、テレビや雑誌に数多く取り上げられたからだ。

和菓子という"伝統"の世界にネットなど新しいツールを持ち込んだり、テレビに華々しく登場することに抵抗はないのか、あるいは同業者からの反発やプレッシャーは?

「千利休がそうであったように、伝統を守るには、古いものをただ続けるのではなく、つねに新しいものに挑戦しないといけない」とサラリと言ってのける。

甘いものが嫌いであったのが、高校生のときに和菓子作りのドキュメンタリー番組を見て、「究極の省略美」に感動し、和菓子の世界に飛び込んだ。「原点は疑うこと」と自身が言うように、菓子の専門学校でも、伝統として決めつけられていた和菓子の素材や製法にはまず疑問をぶつけた。「もっと違うやり方があるのではないか」と、押し付けのルールを否定し、自分のやり方を探ってきた人でもある。

TVチャンピオン」では、彫刻やジオラマのような繊細な作品をお菓子だけで作り上げる「工芸菓子」の見事な技を披露したが、それすら「職人のお遊び」と言い切ってしまう。テレビにしても、ネットにしても、つねに疑うことを前提としながら、新しいツールに挑戦しているのだろう。


「世の中が進んでいったら逆の方向に行こうかな」

「店を始めたときから地元だけで商売する気はなく、日本全国、いずれは世界を相手に商売するつもりでした。だから通販は当然のツール。ネット通販もごく自然の流れ」

東京都世田谷区、小田急線千歳船橋駅前の商店街に店を構える「珈琲工房HORIGUCHI」の店主、堀口俊英さん(51歳)は事もなげに言う。

堀口さんはアパレルメーカーからの脱サラで、90年にこのコーヒーショップをオープンさせた。店舗ではコーヒー豆の販売のほか、カフェも併設している。従業員は9人。開店と同時に電話やファクスによる通信販売を始め、98年にはホームページを開設。同時にネット上での通販も始めた。

いずれも、世界中のコーヒーをテイスティングしたという堀口さんが厳選したニュークロップ(新豆)の生豆を丹念にローストしたもの。その日に炒った豆しか使わないという徹底ぶりだ。

ホームページの冒頭には「日本屈指のビーンズショップ。今までに飲んだどのコーヒーよりも、おいしいと思えるコーヒーに出会える可能性があります」とある。『コーヒーのテイスティング』(柴田書店)などの著書があり、コーヒーコンサルタントとしてコーヒーショップやレストランへの卸売りやコンサルタントも手がけている堀口さんならではの、自信に溢れた言葉だ。

「最初から全国エリアでの商売を考えていたから、素材を吟味し、手間ひまかけてローストしているのです。店のあるエリアだけで商売しても採算は取れません。かといって、通販でただ販売エリアを広げればいいというものでもない。通販で売るからには、それなりの高い品質が必要なのです」

例えば、HORIGUCHIでは当初口コミで客が増えていったが、いくらおいしいと聞いても、普通は地元の店で豆を買う。他の地域の客にもリピーターとなってもらうには、その客の地元のショップを圧倒するだけの高い質が必要になる、という。

そのために、豆の品質にこだわるだけでなく、発送用パッケージや包装も工夫した。新鮮な豆を密封するとガスがたまってしまうため、ガス抜きの特殊な穴をつけたパッケージを使っている。豆や挽いた粉は常温乾燥保存、と一般に言われていたが、堀口さんは「冷凍庫で保存しないと香りが飛ぶ」と、通販の客にも正しい保存の仕方をアドバイスし続けた。

こうした努力の積み重ねの結果、通販の売り上げ、特にネット通販が増えているとか。今では月に約200件の注文が入る。

「新規の顧客だけでなく、これまで電話やファクスで注文していた人もネットにシフトしていますね。パソコンが普及してきたせいでしょうか。メールでのやり取りも増えてきました」

店舗では、客の好みや使っている器具などを聞いて会話をしながら、適したコーヒー豆を販売できるが、ネット通販だとそうはいかない。

「だから、ホームページでコーヒー豆の情報や僕がどんな人間で、どんな活動をしているかをできるだけ提供します。さらに、通販の注文に対しては僕が書いた文章やお店の状況などの情報も同封して発送します。ウチのお客様は豆と一緒に僕の考え方も買ってくれていると思っています。店でもネットでも信頼関係を築く努力を怠ったらやっていけないでしょう」

直接会話ができないネット通販は店舗販売よりも信頼関係が築きにくい。だから、ホームページでより多くの情報を提供するし、オーダーが入れば、きめ細かく返事を送る。「例えば、注文した豆に関するちょっとした情報やいつ頃届くのかをメールで送る。これだけでも、ネット注文という慣れない方法に対するお客様の不安を減らすことができます」。

HORIGUCHIでは、年商約1億円のうち、業務用が6割を占める。ちなみに、個人顧客の売り上げのうち、通販は4割、ネット通販はさらにその4割程度だという。店舗販売やネットを通し、個人顧客に対してコーヒーの"普及啓蒙"に努める堀口さんだが、この売り上げ構成が示すように、彼が本当に目指しているのは「日本のコーヒー文化を高めるための業界のレベルアップ」だという。

質の悪いコーヒーを辛辣なまでに批判する一方、自ら最高水準という独自の技術やノウハウを広く公開しているのもそのためだとか。ホームページはその情報公開のひとつのツールでもある。

「ホームページの目的に優先順位をつけるとしたら、『コーヒーショップなどの開業コンサルティング』『業務用卸売り』『個人への小売り』の順。日本ではコーヒー文化が育っておらず、コーヒー業界はまだまだ未成熟。本当に質が高くて美味しいコーヒーを普及させるために、業者に向けて僕の考え方や活動内容を提供したいんです」

そのために、近々ホームページをリニューアルし、業者向けの情報やメッセージを増やす予定だ。
「でもね、世の中がネットで便利な方向にどんどん進んでいったら、そのときは逆の方向に行こうかな、とも思っているんですよ」と、ニヤリと笑う。

「10年くらいしたら、ホームページもネット通販もやめて、歩き回って探さないと見つからないような店にしてしまうとか。ネット全盛になったら、そのほうがおもしろいかもしれないなあ」


趣味が高じて副業にその繁忙を解決すべく

カレーのお店ハイシ」の本店は大阪府住吉区の住宅街にある。15人も入ればいっぱいになってしまう、この小さな店舗が、ネットを通して全国にカレーを通販しているのである。

この店、店主である水沼健男さん(59歳)のちょっとした副業から始まった。実は水沼さんは「ビル代行クリーン」という年商10億円近く、従業員176人を擁するビルメンテナンス会社の社長なのだ。

10年前、事務所にするつもりで購入した物件がたまたま空いたため、もともと食べることや料理が大好きであった水沼さんは、カレー屋を始めることを思いついた。

「何か食べ物屋をやりたかったんです。カレーは大好きだったし、夜に仕込んでおいて、ビルメンテが暇な昼間に店を開けることができるだろう、と」

水沼さんのカレーは全くのオリジナル。かつて、知り合いのインド人の家庭で食べたカレーがヒントになっている。「美味しかったが、汁っぽくて日本人には合わない」と思い、野菜やフルーツをたっぷり入れて改良してみた。自分で選んでブレンドしたスパイスも14種類。飽きのこない、まろやかでコクのあるカレーを作り出した。この、趣味で家族のために作っていたカレーがハイシの味となったのだ。

かくして、開店時間はビルメンテナンス業の"昼休み"である午前11時30分から午後2時30分までの3時間のみ。会社の休みに合わせたために飲食店ながら日曜・祝日休みという変わったカレー屋が誕生した。ご近所の人気店がまず口コミ、そして評判を聞きつけたマスコミによって広まり、4年後には鶴橋と阿倍野に支店を出すに至った。

「そのうち、お客様から店の場所や『どこで買える?』といった問い合わせの電話がどんどんかかってくるようになりました。しかし、こちらはお昼の3時間、店を開けるので手いっぱい。営業中に電話をもらっても、対応できません。そこで97年にホームページを開設することにしたんです」

ホームページなら店のことを詳しく紹介できる。商工会議所を退職して独立した知り合いのデザイナーに依頼し、年間約12万円のコストで作成・運営できた。同時にネット、電話、ファクスによる通販を始めた。
「本当はもっと早く通販を始めたかったのですが、『真空低温殺菌』という方法がなかなか保健所に理解してもらえなかったんです」

カレーは食材の風味とスパイスの香りが命。作りたてを出せる店と違い、パック詰めの通販では数日間の品質保証のために殺菌が必要。しかし、通常の高温殺菌では風味も香りも死んでしまう。なんとか風味を生かしたまま発送できないか、と研究した結果、真空パックに詰めてから75度で60分殺菌する方法に行き当たったのだという。

余談になるが、カレーもすべて自分で作り出したように、水沼さんはアイデアと努力の人だ。例えば、本業のビルメンテナンスでの経験を生かして、火災避難袋「ニゲニゲフード」なるものを製造販売もしている。小さく折り畳んだ特殊なポリ袋で、火災時にはこれを広げて頭から被って逃げる。袋の中の空気で3分間は持つ、というものだ。

こうしたアイデア精神がカレー業にもいかんなく発揮されているのだろう。今後はカツカレーエビフライカレーの真空パック化なども考えているという。

ホームぺージが成功の鍵ともなったようだが、ちょっと困ったこともあるという。
「メールでスパイス会社の売り込みや不動産会社からの出店依頼、あるいはビルメンテナンスの同業者から『どうすればカレー屋で成功するんだ』といった問い合わせが来ます。これには答えようがないですね」

しかし、客からの質問メールには丹念に回答を打つ。あるときは「なぜカレーには福神漬けが付くのか」という質問が来たために、何日もかけて調べてから回答したという。

そこまでする必要があるのか、とも思うが、ネットの客は店とは違った意味で気を使う必要がある、という。

「店のお客様は雰囲気で楽しめることもあります。極端にいえば、カツカレーのルーの状態が多少悪くても、豚カツが旨ければまた来てくれます。しかし、ネット通販のお客様はカレーがすべて。一度でもカレーの味が気に入ってもらえなかったら終わりです。だから、最高の状態で発送できるように工夫するし、ホームページやお手紙でできるだけ情報を伝えます」

こうした努力が実ってか、徐々に注文が増え、今では1日当たり8パック入りのパッケージ(カレー8パックの場合、送料・税込みで4650円)で40~50ケースの注文が入るようになった。一度注文した客は、「3分の1がリピーターとなり、3分の1が思い出したころにまた注文し、3分の1がお歳暮などギフトに使ってくれる」という。

"趣味のカレー屋"が、今や従業員6人、パート10人を抱え、年商3億円近くを売り上げるまでに成長した。うち8割近くが通販によるもので、ネット通販はその4割を占める。

ここまで繁盛したら、経営者としてはどんどん出店したり通販を大規模に行うことを考えたくなるのでは?

「以前、あるレストランに卸したら手を加えられたことがありましてね。今でも出店要請は多いのですが、それ以来、自分の目の届く範囲、直接ウチから送れる所でしかやらないことにしているんです。例えば、デパートに出すと、誰がどこに持っていくかわからない。ウチの通販だけだったら、相手がわかる所にだけ送れます。たとえネットであっても、この『相手がわかる』という安心感が大切なんです」


店で培った経験が生む冷静な「ネット観」

つねに疑うことから始める職人の高橋さん、自分の味に絶対的な自信を持つ堀口さん、そして料理好きのアイデアマン水沼さん。まったく三者三様ではあるが、それぞれ店舗を繁盛させるだけでなく、ホームページやネット通販を活用してさらなる可能性に挑戦している。

ネットビジネスは「たまたま」始めて、「なんとなく」うまくいっている、と口を揃えるが、話を聞いていると決して「たまたま」ではないことがわかる。3人とも、"ネットの節度"とでも言うべき感覚が身についているのだ。だから、ネットを重要なツールとして認識しつつも過度な期待はしない。いわば、「半歩踏み込んではいるが、決して100歩は踏み込まない」といった状態を上手にキープしている。

なぜか。それぞれネットだけの商売でなく、実際に販売店舗があり、そこでしっかり根付いた商売を成功させているからだ。

こうした実際の経験で身につけた商売勘は、ネットというバーチャルの世界でも十分役立つ。たとえ未知の分野であっても、ネットの効果と限界を感覚的にすぐ理解できるのだ。

さらに、接客の強みも怖さも知り尽くしていることが大きい。店舗の客とネットの客との本質的な違いを十分理解して、それぞれに適した接客方法を自然に取っている。これも経験と勘のなせる業だろう。

こうしたサービスは顧客も敏感に感じ取るもの。だから"ネットの節度"をわきまえた店に出会えば、たとえ会話のないネット通販であっても、リピーターとなってまた注文するのである。

(PRESIDENT2000年5.15月号より)

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インターネットに象徴される新しい情報インフラが普及する中、伝統的なマーケティング手法が壁にぶつかってしまっている。まず初めに、その背景となる理由について考察したい。
伝統的マーケティングの代表的な手法は、ビルボード・マーケティングストラックアウト・マーケティングに分けられる。ビルボード(看板)・マーケティングとは、掲示板や広告塔に載せて、「お客さん、いらっしゃい」と呼び寄せる「待ち」の戦法を指す。
テレビコマーシャル、雑誌広告、新聞広告、インターネットのウェブサイトがこの手法といえる。昔、線路脇の田んぼに立っていた看板と同じだ。目の前を通り過ぎる通行人が振り返って見てくれる「期待」を前提にしている。
ストラックアウト・マーケティングは、人気テレビ番組「筋肉番付」でお馴染みのゲームから名前を拝借した。
ピッチャーが野球のマウンドに立ち、九つの桝目に一から九の番号が書いてある板に向かって、
「1番の桝に当てます」
と自らの狙う桝を宣言してから、「1番」に命中させるようにボールを投げるゲームである。限られた投球回数で、九つ全部をぶち抜くのは至難の業。「1番」の桝を狙っても偶然に「2番」に当たることも多い。
伝統的マーケティングを実施してきた企業は、まさにマウンドに立っているピッチャーと考えられないだろうか。この場合、「ボール」というのは、生活者の持っているニーズや解決するべき課題、「欲しいと思っているもの」のことといえよう。生活者は自分は3番だというのに、企業は危うい手つきでボールを持ち、当たれば儲けものとばかり投げ、結果、7番に当たったりしている。本当は逆で、生活者がボールを持っているのだ。「私たちは、これが欲しいのだ。私たちが困っている問題は、これだ」と。
このように、顧客がマウンドに立ち、ボールを持っている市場のことを「逆転の市場(リバース・マーケット)」と呼ぶ。後に詳細を述べるが、アメリカのネットビジネス、通称ドットコム(.com)企業群はその基本骨格を、逆転の市場の哲学で成り立たせている。その大前提は、「顧客が価格を決める時代になった」ということである。価格を決める、すなわち商品の価値を決めるのは企業ではなく、顧客である、ということだ。ここに伝統的マーケティングがぶつかっている壁がある。プライスラインや、eベイは「顧客優位」を徹底させて成功させたモデルといえよう。

そもそも「マーケティング」という言葉には、企業が何とかして生活者を自社の方向に向かせようとするニュアンスがある。繰り返すが、今はボールは顧客が持っている。企業が何屋さんであるかは、企業が自分で決めるのではなくて、顧客が決めることなのだ。
例えば、ソニーは何屋さんだろうか。大人気ゲーム機プレイステーションの開発当時、「ソニーはおもちゃ屋じゃない」とモメたそうだが、私の息子に聞けば、ソニーはゲーム会社だと答えるだろう。
このように、自社で用意した名刺、つまりブランド・イメージが白紙になっていくのが現代の特徴だ。そして、顧客による投票によって何屋さんであるかが決まり、ブランド価値すらも、顧客が形成していくことになる。

世界最大のネット・ショッピング会社アマゾン・ドット・コム(http://www.amazon.com/)(以下、アマゾン)の株価時価総額はインドネシア国内の全企業の株価時価総額を上回っているという。たった5年前に創業されたばかりのインターネット・ビジネスなのに、その成長率は目を見張るものがある。ではそのアマゾンは、何屋さんだろうか。本屋? CD屋? おもちゃ屋? オークション屋? 答えは顧客が決めることである。
「インターネットは新たな価値を生める」。創業者ジェフ・ベゾスの言葉だ。インターネット・ビジネスの本質を表すのにこの言葉ほど、ぴったりなものはないだろう。インターネット・ビジネスをするのであれば、「新しい価値」「在来の店舗では生み出せない価値」を、考えなければやる意味がない。そこに、「書店」だけを意味するブック・ドット・コム(book.com)としなかった理由がある。無尽に水が流れ続ける広大なアマゾン河のように、大量の商品を送り続けるというメッセージが込められているのだ。
その新しい価値の一つが「パーミション・マーケティング」という、以下に説明する新しいマーケティングの発想に集約されている。


「パーミション」と「土足」の違い

「『パーミション=許容』を基本にしたマーケティング(permission based marketing)」という言葉は、アメリカでは一般名称として昨年あたりから使われていたようだ。そして、米国ヤフー社副社長セス・ゴーディンが書いた同名の本で体系化された。
では、「パーミション・マーケティング」について説明する前に、その対《つい》概念である、「土足マーケティング」について、考えてみたい。

Interruption marketing──直訳すれば「じゃまするマーケティング」となるが、他人の家に土足で上がり込むイメージから、土足マーケティングと訳した。頼みもしないのにかかってくる株の投資勧誘電話、ポストをあふれさせるチラシ、大事な郵便物とクズとの区別がつかないダイレクトメール。お気に入りのドラマを観ていて、いいところで引っ張られるコマーシャル。音楽を聴きたいのに、おしゃべりばかりのFM放送。これらはすべて土足マーケティングだ。

では、具体的にどのようなアプローチを取るのだろうか。パーミション・マーケティングの特徴をいくつか列記したい。

◆特徴1:顧客を育てる
パーミション・マーケティングを進めるには、いくつかの段階を踏まなければならない。
[1]見知らぬ通行人(将来の顧客)と友達の関係をつくる。
[2]その後に友達を顧客にする。
[3]一度掴んだ顧客と永続的な関係をつくる。
パーミション・マーケティング」の肝要は、この顧客との関係性に対する哲学であるといってよい。[1]にあたる手法は、ウェブサイトで新規顧客を開拓するために行うプレゼント企画が典型的手法といえよう。

◆特徴2:メッセージ
では、その、顧客とやりとりするマーケティング・メッセージの特徴は、次の3点である。
[1]期待される……人はあなたからのメッセージを楽しみに待ってくれる。
[2]パーソナルである……メッセージはダイレクトに個人に届けられる。
[3]適切である……パーミション・マーケティングは生活者が興味を示したものについてのメッセージを送る。
一度でもプレゼント企画に応募したり商品を購入した顧客に対して、定期的にショップからEメールを送るのはこの手法にあたる。

◆特徴3:繰り返しと信用
どれだけの範囲にメッセージを投げかけるかではなく、どれだけの頻度で繰り返しメッセージを投げるかが重要だ。繰り返しは「パーミション」の獲得につながり、「パーミション」は信用に結びつく。
ただし、メッセージは顧客から「信用」される良質なコンテンツでなくてはならない。商品情報の押し付けだけでは、「信用」を築くことはできない。

◆特徴4:顧客内シェアと生涯価値
伝統的なマーケティングのスタンスでは販売する瞬間に重点が置かれているが、パーミション・マーケティングでは販売や利益は後回しである。また、伝統的マーケティングはできるだけたくさんの顧客に、できるだけたくさんの商品を販売することに重点を置くが、パーミション・マーケティングでは一人の顧客における顧客内シェアと、生涯価値に重きを置く。「その顧客が一生のうちに、どれだけ自社の製品・サービスを買い続けてくれるか」ということだ。

●Vmail
ネットエイジ社のVmail(http://www.vmail.ne.jp/)が1月20日にサービスを開始した。日本初の本格的オプト・インメール、パーミション・マーケティングを実現するものとして、多方面からの注目を集めている。
オプト・インとは、「参加する」という意味で、利用者自らが、「広告の流れの中に参加するよ」と同意してくれて、各カテゴリーから欲しい情報を選び、各広告主からのメールを受信してもいいよ、という「パーミション」をVmailに与えるわけだ。
このサービスのユニークなところは、毎月末、クレジットカードの「ご利用明細書」と同じ思想で、「パーミション明細書」が利用者の手元に届けられることだ。これによって利用者は今、自分が何の「登録ジャンル」「登録カテゴリー」に対して「パーミション」を与えているのか、確認できる。
これにより利用者は定期的に必要とする広告を取捨選択でき、サービスの信用が高まる。
Vmailのいちばんの付加価値は、あふれんばかりの情報を、利用者の関心・興味に合わせて編集し、提供していくという機能を持っていることだ。
登録した利用者に無料で送られてくる「Vmail便り Vol.4」で、その趣旨に関して次のように記している。
「ユーザーや企業のみなさんの声をフィードバックさせることでカテゴリーを追加・変更していこうと思っています。Vmailへのパーミションの積み重ねに基づく『共創』こそが、Vmailの価値を高めるいちばんの仕組みになると考えています」
ここに出てくる「共創」という言葉がまさに鍵となる。

お客が価格を決める事例 [1]

●プライスライン
http://www.priceline.com/
98年にビジネスをスタートしたばかりだが、早くも有名ブランドになった。航空券、ホテル予約、車、住宅ローンなどを扱っているオンラインショップ。いちばんの特徴は、価格を決めるのは売り手ではなく、買い手であること。利用者は自分が買いたい価格を提示しておくと、プライスラインがその価格に見合った売り手を探し出してくれる。航空券の場合、米国内便であれば1時間以内に、国際便であれば24時間以内に返事が返ってくる。
一方、パーミション・マーケティングは、相手の家に土足で入り込むのではなく、向こうから玄関を開けて迎えてくれるのが特徴である。


eエコノミーで勝つための三つの要素

このようなマーケティングが注目されるのは、インターネットの出現により、経済の仕組みがドラスティックに変わると見られているからである。
現代のわれわれを取り巻く新しい経済を「eエコノミー」と呼び、その特性を考察してみたいと思う。eエコノミーは「お金」でもなく、また「情報」でもなく、もっと進化・深化した知識が資本となる。流通するのは「e化した知識」、すなわち電子武装された知識なのである。
eエコノミー」においてビジネスを成功させるには、「成功の三要素」と呼ぶ三つの要素が、それぞれバランスよく均衡を保っていることが必要だ。

(1)コンテンツ・リッチ:持っている物語が豊かである。
(2)コンテキスト・リッチ:顧客との関係性が豊かである。
(3)デリバリー・リッチ:製品・サービスの届け方が豊かである。

アマゾンでの買い物体験を事例として、「成功の三要素」を考えてみよう。
まず、ぼくが知人から『Permission Marketing』が面白いと推薦を受けたとする。
アマゾンのウェブサイトを訪れ、どんな本か、検討する。46人の読者からの書評が掲載されている。★の数が評価点だ。これまでの46人の評価の平均では4.5といったところか。
「すごい!」と絶賛している人もいれば、「もっと短くできたはず。また、インターネット・マーケティングが、ゲームや賭け事がなければ効果的ではない、といった誤解を与えかねない」といった指摘をしている人もいる。「退屈だ。1~2ページにまとめるべき」と極端に辛い点の人もいる。実はこの読者評価そのものも、別の読者によって評価される仕組みがあって、「この人、こう言っているけど、参考になりゃしないよ」とか、「たしかに、おっしゃるとおり!」とかが、わかるようになっている。
この、「評価の評価」という仕組みのおかげで、評価の品質維持、 評者そのものの自然淘汰、というまさにインターネットらしい仕組みによる健全性の確保がなされているわけだ。
ともかく、毀誉褒貶という本は、面白いに違いない。そこには読者の数だけ、物語が生まれているわけだからだ。アマゾンでの買い物の楽しさは、このように「物語」を読む楽しさがある。物語がリッチなのだ。ただ出版社がお題目を唱えるのではなく、書店側が「お勧め」するのでもなく、新しい「物語」が読者との関係性から生まれているのである。

アマゾンで一度でも買い物をすると、最初に現れるトップページで「阪本啓一さん、こんにちは! 本、音楽、DVD、ビデオ、おもちゃ、ビデオゲーム、コンピュータソフトのお勧めをご用意しております」と、出迎えてくれる。自分専用の「メンバーページ」をつくったり、あらかじめ指定した友人にお勧めする「ともだち専用」ページをつくることもできる。一度プレゼントした相手の住所は覚えていてくれて、何度も打ち込まなくてもいい。顧客との関係性リッチだ。もちろん、すべてはぼくがアマゾンに手渡した「パーミション」の蓄積に基づくものである。
そして、私が大阪市内のオフィスのパソコン画面をクリックすると、目的の本は、全米7カ所にある倉庫 (エンパイア・ステートビルの総床面積の1.5倍あるという)のうちの一つから送り出され、普通注文であっても、10日で太平洋を飛び越え手元に到着する。ちなみに、太平洋に近いからといってシアトルから来るとは限らず、今日届いた荷物の差し出し先は、ジョージア州にあるマクダナー(広さ80万平方メートル)からであった。
日本で店頭にない本を注文すると3週間待てといわれることを思えば、驚く速さである。デリバリー・リッチといえる。

お客が価格を決める事例 [2]

●イーベイ
http://www.ebay.com/
アメリカのオンライン・オークション・サイト。参加者はインターネット上でオークションに出品することも、落札に参加することもできる。扱い商品のカテゴリーは約1600種にも及ぶ。日用品からマニア向けまで、扱い商品はさまざまだ。3月1日現在で、460万を超える品がオークションに出品されている。大規模なデパート以上の品があることを考えるならば、オークションといえど商売の仕組みを根底から変えた大規模な市場といえる。


企業と顧客の境目がない
「お祭り型市場」

ここまで、成功の三要素に沿って、eエコノミーで勝つための三つのリッチを考えたが、最後にこれからのマーケティング・ビジョンを考えてみたい。
企業と顧客との境目がどんどんなくなっていき、顧客自身が市場をつくり始めていく、サービスにも参加していく──先述のように、アマゾンの持っている価値には、読者の書評も含まれている。従来の市場観とは全く違うわけで、それは「お祭り型市場」と表現できる。
お祭り。ここでは、だれが主宰者か、だれが参加者か、という境界は無意味だ。その場にいるみんなでつくり出していくものだ。祭りという場に対して、参加者各自が「パーミション」を与えて、自発的に参加しているのだ。市場はこのような「お祭り型市場」になっていく。実際のユニークな試みを見ていこう。

●空想家電(http://www.coi.co.jp/)
あるデザイナーが主宰する「空想家電」というプロジェクトは、こう宣言している。「あなたの身の回りには、 いったいいくつの HAPPY がころがっているでしょうか。例えば、家電。機能や性能の高さだけでなく、その姿・形を見ているだけで楽しくなったり、暮らしやすくなったり。 そんなデザインを、もしも自分たちの手でつくれたら。たとえ一人の落書きから始まったアイデアでも、それをいいと言ってくれる仲間を1000人集められたら、メーカーだって、放っておくわけにはいかないのではないでしょうか」

現在、くまのぬいぐるみの形をしたリモコンの開発を進めている。これまで実際に商品化された事例もある。開発されたアイデアは、参加者の投票によって、製品化されるかどうかが決定する。くまリモコンの場合、ぼくが見た段階では、投票数505票、製品化指数(各アイデアの製造を依頼できる工場との交渉度合い)50%とのことだ。みんなが生活を「ハッピー」にするためにはどんな商品が身近にあってほしいかということを、楽しく、夢いっぱいに語っている。

ネット社会は本質的に、「面白ければ参加する」お祭り的性質を持っている。創成期のパソコン通信サービスが自前で有料情報を用意して、お客さんが来るのを待っていたのは、実は工業社会の名残だったわけである。
これまで、新しい経済(eエコノミー)における「パーミション」を基本としたマーケティングについて考えてきたが、最後にポイントをまとめたい。

(1)生活者の時間を奪わない
生活者は時間がない。だから、彼らの時間を奪うのではなく、短縮してあげるサービスが求められる。
(2)生活者と生涯のお付き合いを目指す
一回きりの関係ではなく、生涯にわたってその製品・サービスを買い続けてもらえるような関係を構築する。
(3)生活者に参加してもらう
企業から生活者に一方的にメッセージを送り続けるのではなく、製品・サービスづくりにまで「参加」してもらう姿勢で臨む。
(4)生活者と共同して物語を紡ぐ
製品・サービスだけではなく、その周辺にまつわる物語を共に紡いでいく姿勢を持つ。

この四つのポイントを押さえたマーケティング戦略こそが、ネットが普及した新しい社会を勝ち抜くために欠かすことができないポイントである。

(PRESIDENT2000年4.3月号より)

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基礎編
eビジネス

【e-business】
コンピュータとネットワークの力を借りて、商売をすること。IBMがキャッチフレーズとして使っている。eはエレクトロニクスの頭文字。ネットワークとは、少なくとも現時点ではインターネットと考えてさしつかえない。
宣伝や呼び込みから商品陳列、接客、勘定、顧客管理に至るまで、ネットワーク上で展開すれば、店にとっては経費節減につながり、客にとっては利便性が向上する。ただし、店も客もインターネットに接続できるコンピュータが使えなければ、始まらない。たとえば、通販の注文のためにわざわざ電話を引く人はいない。家に電話があるから、通販や出前を利用するのだ。とすれば、eビジネスのためには、家にネットワーク接続されたコンピュータがふつうに存在している必要があるが、そうなるにはまだまだ時間がかかりそうだ。


基礎編
ドットコム

【dot-coms】
 
eビジネスは、インターネット上にウェブサイト(ホームページ)と呼ばれる専用スペースを確保し、そこで商売をする。ウェブサイトの位置は、「URL」と呼ばれる文字の羅列(たとえば、 http://www.abc.com )で表される。インターネット上での住所や電話番号に相当するものだ。客は手元のパソコンでURLを指定して、めざす店にたどりつく。最近は、テレビCMや雑誌の広告の片隅にURLを記載している企業が増えている。
米国では、インターネットにウェブサイトを開設し、そこで積極的にビジネスを展開している企業を指すとき、URLの末尾が「.(ドット=ピリオド)+com(コム)」であることから、総称的に“ドットコム”カンパニー(略して「ドットコム」)と呼んでいる。最近は、特にインターネットを活用してそれなりに成功を収めている企業について、称賛の意を込めて「ドットコム」と呼んでいるようだ。たとえば、世界最大級のインターネット書店で有名な「アマゾン・コム」(URLは http://www.amazon.com )は、ドットコムの代表例だろう。日本企業の場合、URLの末尾が「co.jp」となることが多いが、それでも細かいことは抜きにしてドットコムと呼ぶ。
当たり前のことだが、インターネットで店を開けば誰でも繁盛するわけではない。成功しているドットコムの陰には、閑古鳥が大合唱しているような“ドットコム崩れ”が多数存在する。インターネットで繁盛している店は、インターネットでの商売に向いたノウハウ、資質、条件を備えているからにほかならない。銀座で繁盛している店は、銀座に店を開いたから儲かっているわけではなく、銀座での営業ノウハウを持っているから成功しているのと同じである。


基礎編
B to B (B2B)、B to C (B2C)

【Business to Business, Business to Consumer】 
数年前、インターネット・ブームになるや、インターネットにはありとあらゆる電子商店が雨後のタケノコのごとく誕生した。人で賑わっているところに屋台が並ぶのは、洋の東西を問わない。社寺の境内も電脳空間も大差はない。そういう当たり前の現象も、ネットワーク上になると、「エレクトロニック・コマース(EC、電子商取引)」と大仰な名前で呼ばれる。
ところが祭りの屋台と違って、ECはさっぱり儲かっていない。祭りなら、どの店だろうと値段も味も変わらないと踏んで手近な屋台で済ませるところだが、インターネットでは各店の比較がいとも簡単にでき、客の評判も国境を越えてすぐに広まる。ちょっとでもレベルの低い店は、優良店の引き立て役にしかならない。国境も距離も関係ないので、世界中の二流店、三流店に引き立てられたひと握りの一流店は、たちどころに客を集める。おまけに、インターネットではカネをかけず片手間でも店が開けるなどと宣伝されたものだから、三流店、四流店はゴロゴロしており、引き立て役には困らない。超優良店は笑いが止まらない。インターネットは舞台が一つしかないのだから、役者同士が簡単に比較されてしまうのは仕方がない。そうやってスポットライトを浴びているごくわずかな優良店を除けば、基本的に閑古鳥がグローバルに鳴きまくっているのがECの実態だ。
たしかにネットワークの商売は決済手段が未成熟なうえ、客にとっては品物に触れない、店の素性もわからない、おまけに世の中では肝心のパソコンを持っていない人のほうが圧倒的に多いとあっては、儲からないのも無理はない。特にカネの受け渡しは、渋谷や新宿などで電子マネーの実証実験をやっているが、とても成功しているとはいえない。
では、ECに未来はないのか。考えた末に誰かが言い出した。「素人のいちげんさん相手じゃ、儲けも知れている。会社相手ならば儲かる」と。その結果、ECは「対消費者」と「対企業(=企業間)」に分けて考えられるようになった。対消費者は、Business to Consumer(企業対消費者)という英語の頭文字を取ってB to C、対企業は、Business to Businessの頭文字からB to Bと呼ばれるようになった。最近は、発音が同じというだけでB2C、B2Bという表記も増えてきた。
なるほど、B to Bならば、必ずしもその場で現金決済する必要がなく、お互いに信用調査も可能。長期的、継続的に大口の取引も期待できる。インターネット登場前から大型コンピュータを結んで取引してきた実績もある。カンバン方式のカンバンを電子カンバンに置き換えれば、そのままB to Bである。このため、短期的にはB to Cで利益を上げることができても、長い目で見れば、B to Bのほうが本格的な収益源になるとの見方が強まっている。また、企業向けとなると市場が急成長してから参入するのでは機会損失も大きいだけに、是が非でも乗り遅れたくないとの思惑が働いているようだ。かつての円高不況の際、大手メーカーが続々と海外に生産拠点を移したとき、下請け企業がこぞって海外へと後追い脱出して産業空洞化と騒がれたのは記憶に新しい。
本来のB to Bは、ネットワークのメリットを生かして、不特定多数のB(企業)の中からその時点で最も有利な条件の相手を選んで取引することを指しているのだが、日本のB to Bは、大手が系列の下請けを引き連れてインターネットに場を移すだけの“系列B to B”に行き着くのか。とすれば、系列B to Bなるものは単なる現実世界の言い換えにすぎず、経営規模の大小や地理的条件を問わずにさまざまな企業が既存の流通ルートにとらわれずに取引できるというネットワークのメリットは生かされないことになる。


お客を呼び込む
ウェブ

【Web】 
ネットワークの正体は、単なる電話線である。その電話線に電話機でなくコンピュータをつなげれば、コンピュータ・ネットワークになる。地球規模で縦横無尽に張り巡らされたネットワークのところどころに、ホームページを仕込んだコンピュータ「サーバー」が点在している。このネットワークは、まさに蜘蛛の巣のような状態なのでウェブと呼ばれる。
自宅のパソコンでURLを指定してどこかのサーバーに接続すれば、そこに仕込んであるホームページが閲覧できる。もっとも、通り沿いに店を開くのと違って、ネットワーク上では、店の存在に偶然気づいてもらえることは皆無に等しい。通販会社がテレビCMで自社の電話番号を連呼しているのと同様に、eビジネスも店の位置を示すURLを宣伝することが第一歩となる。
ネットワーク上では、基本的にどこにサーバーがあろうと、客にとって店への行きやすさに差はない。店までの物理的な距離は大した問題ではないのである。店にしてみれば、大通りだから家賃が高い、裏通りは立地が悪い、片田舎で人通りが少ないといった悩みはなくなるが、逆に言えば、現実の世界で立地条件の良さだけで商売をやってきた店は、ネットワーク上ではセールスポイントがないことになる。


お客を呼び込む
コンテンツ

【content】
 
情報の中身のこと。絵(写真)や文字を使って客に商品を買ってもらうのだから、わかりやすい商品の絵を置いたり、商品の特長がわかる文章を用意したりする必要がある。が、これが実に難しい。街にある現実の店であれば、単に商品が陳列されているだけで、独自に商品の特長を説明していることは稀であろう。そうこうしているうちに、店員は商品知識が欠如していく。客からの質問にも答えられなくなるが、それでもなんとかなっていた。
しかし、ネットワークの店でもこの調子では、客は目隠しされて「エイヤッ」で買い物をするのと同じだ。そんな店には客は寄りつかない。コンテンツなどと遠回しの言葉ではわかりにくいのだが、eビジネスにとって何よりも大切なコンテンツは、商品に触るることができない客が商品を買おうと決意できるだけの情報にほかならない。ということは、コンテンツとは、店員の商品知識そのものであり、客に対する姿勢そのものなのである。なお、日本ではコンテンツと複数形のような言い方が定着してしまったが、複数形のcontentsは「目次」の意味である。「中身」という意味ならコンテントと単数形らしく表現するのが正しい用法である。


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バーチャル・モール

【virtual shopping mall】 
インターネット上の商店街。一軒の商店が細々と商売するよりも、複数の商店を集積したほうが認知度も集客力も増すというのが商店街のコンセプトだ。一カ所でさまざまな店に立ち寄ることができるので、買い物客にしてみれば移動の手間がかからない。
ところがインターネットの世界では、一部の例外を除き、多くのバーチャル・モールでは閑古鳥が鳴いている。ネットワーク上では、バーチャル・モールと称して店が何百店、何千店集積されていようと、実体がないのだから、残念ながら通行人には気づいてもらえない。いや、むしろ、何万店、何十万店もの店が存在するインターネット自体が巨大な商店街なのである。とすると、バーチャル・モールとは、商店街の中に新たに商店街をつくるようなものなのかもしれない。
ともかく、一カ所でさまざまな店を訪問できる商店街のメリットは、店側にしてみれば囲い込みの発想以外の何ものでもない。しかし、そのような考え方はインターネット上では無意味に近い。その証拠に、同じ商店街の中だけでなく、別の商店街へもマウスのクリック一つで簡単に移動できる。そこが現実の商店街との大きな違いだ。ほかの商店街への移動が面倒くさいからここで済まそうなどという弱みにつけ込むことはできないのである。
つまり、ネットワーク上で商店街をつくることには、現実世界ほどの大きなメリットはないのだ。第一に、立地条件や規模といった従来の発想は大して役に立たない。そもそもeビジネスは、立地や規模、資本に関係なく勝負ができる世界なのだから、立地発想やスケール発想から生まれた商店街にしがみつく必然性はないのだ。
実際、ネットワーク上で売れている店は、立地や規模ではなく、評判や口コミが集客力になっている。eビジネスのターゲットとなるインターネット利用者の多くは、ネットワーク上のコミュニティーや会議室で情報を交換している。実際のユーザーの声が他の潜在顧客の掘り起こしにつながっているのだ。ネットワークでは、商品を手に取って確かめられないからこそ、すでに使っているユーザーの声は、バーチャル・モールにある下手な商品写真よりも説得力がある。
こうした口コミの場として注目されているのが、電子メールを雑誌風に仕立てたメールマガジンや、ネット上の電子会議室だ。マガジンといっても発行しているのは本格的な出版社から趣味の個人までさまざま。マガジンを通じて読者のコミュニティが生まれ、そこでの投稿や記事から人気ショップが誕生することも少なくない。また、パソコン通信やインターネットの会議室で話題に上った商品や店が人気を集める例も多い。


お代を頂く(決済・集金)
電子決済

【electronic payment】 
誘拐事件では身代金の受け渡しが最大の難関といわれる。匿名性の高い携帯電話を駆使して逆探知捜査の網をくぐり抜ける誘拐犯も、身代金の受け渡し場所は相変わらずインターチェンジや高架下と相場が決まっている。多くの場合、ここで御用となる。脅迫状や身代金要求といった情報は電子化の波にうまく乗るが、現金はそうもいかない。相手と直接接触せずに匿名性を確保したうえでの現金受け渡しが困難であるからこそ、誘拐事件は成功率が低く、犯罪そのものの大きな抑止力になっているのだ。
ところが、ネットワークの商店にとっては、このことが商売繁盛の抑止力になってしまっている。注文から決済までネットワーク上で完結できないのだ。電子マネーもかけ声ばかりで普及には至っていない。クレジットカードの番号をやりとりするという手もあるが、誰もが持っているわけではないうえ、現金のような匿名性も低い。おまけに日本の場合、クレジットカード会社の加盟店審査が厳しく、中小企業や個人商店では簡単にカード決済を導入できないでいる。このため、金融機関での払い込みや宅配業者の代引き制度を利用しなければならない。オンライン・ショッピングでは、注文や問い合わせが自宅に居ながらにしてきわめて簡単にできるだけに、現金受け渡しの不便さが際立ってしまう。


お代を頂く(決済・集金)
ネット・バンキング

【network banking】 
銀行のATM(現金自動預入払出機)の前には、昼休みともなれば順番待ちの長蛇の列ができる。「自宅にATMがあればいいのに……」。そんな発想で生まれたのがネット・バンキングだ。要は、自宅や会社のパソコンがATMになったと思えばいい。当然のことながら現金払い出し機能はないが、口座振替や残高照会などが可能だ。これまでは実際に銀行に口座を持っている利用者向けの副次的なサービスとしての位置付けだったが、一九九九年七月に発表された富士通とさくら銀行の合弁によるネット専門の銀行は、ネットワーク経由“でも”利用できる銀行ではなく、ネットワーク上“だけ”で完結する独立銀行となる。eビジネスの弱点であるネットワーク上での決済を実現するうえで、こういったネット銀行の口座振替は有力な決済手段になるはずだ。


品を届ける
ロジスティクス

【logistics】 
ネットワークで商売をするうえで、最もネットワークと相性が悪いのが配送である。ネットワークを使うことで店舗家賃や人件費などのコストがどんなに削減できても、品物の配送だけは従来の物流に頼らざるをえない。たしかにソフトウエアや音楽など電子化してネットワークでやりとりできる商品も存在するが、これらはあくまでも例外だ。したがって、ハイテクを駆使したeビジネスでも、品物の配送ばかりは渋滞やストで簡単に止まってしまう。品物の移動速度も「ビット/秒」とは無縁の「キロメートル/時」の単位だ。いくら距離や時間をあまり意識させないeビジネスとはいえ、配送は法定速度にがんじがらめに縛られている。配送スピードの高速化は、道交法の改正を待つしかないが、だからといって物流面で何も工夫できないわけではない。
そこで、品物の到着を待つ客のイライラを少しでも解消しようと、いろいろな工夫が生まれている。たとえば、客がホームページで注文番号を入力すると、「○月○日○時○分、成田空港通関手続き中」といった具合に、品物が現在どのあたりでどのように処理されているかが手に取るようにわかるサービスを提供する業者もある。
また、配送業者の応対もいろいろな工夫ができる。ネットワークで買い物をした場合、客が初めて実物の商品を手に取るときに目の前にいるのは店員ではなく宅配業者である。客本人と接触できる唯一の人間が配送業者なのである。いわゆる御用聞きが単なる配達員でなく、配達先の情報を収集し、客に商品情報などを提供する重要な役割を果たしていたことは言うまでもない。
ところが、eビジネスで客と唯一の接点となる配送業者は、まだそういう役割を果たしていない。つまり、eビジネス側が配送業者を“情報エージェント”として活用していないのだ。もったいない話である。今後、eビジネスが普及するにつれ、当然ながら「思っていた商品と違う」といった理由で、客が商品の受け取りを拒否するケースも増えるだろう。あるいは、客から商品についての質問を受けるかもしれない。こうなると、配送業者も単なる配送業務にとどまらず、販売店の店員としての振る舞いを要求されるはずだ。


お客をつなぎ止める
インタラクティブ

【interactive】 
言ってみれば商売の基本。「相互作用」や「双方向性」などといった小難しい言葉を持ち出すまでもない。商売は相手あってこそで、自分の思いどおりに事は進まない。たとえ自分に作戦があっても、しょせん、相手の出方次第。客にとっては店次第、店にとっては客次第なのだ。客の様子をうかがいつつ、どう売るか、どう応じるかを決める。客も人間だから、こちらの対応が悪ければ二度と来店しなくなる。とすれば、物理的に客の顔が見えないネットワークでの商売だからこそ、店頭よりも敏感に客の“顔色をうかがう”努力が欠かせない。顔が見えないのだから気楽な商売などという店主は、閑古鳥の存在にも気づかなくなるのがオチ。


お客をつなぎ止める
ワン・トゥ・ワン・マーケティング

【one-to-one marketing】 
客を十把一絡げにして商品づくりや顧客への応対をしてきた悪しき態度を戒める言葉。「客は一人一人違うので、売り方も客に合わせて変えるべきじゃないか」という至極当然のことをあえて言葉にすれば、こうなる。
もっとも、客が増えてくれば、客の好みはもちろん、顔や名前さえ思い出せなくなるもの。そこで物覚えのいいコンピュータを味方につければ、商売の規模が大きくなっても、顧客ごとに過去の買い物の頻度や嗜好などを即座に割り出せるため、客への応対にとまどわずに済む。
そんなコンピュータの使い方の一つがデータウエアハウスである。日頃の取引や請求、支払い状況など、さまざまなデータを蓄積しておき、必要に応じて必要なかたちで情報を引き出し、ダイレクトメールやアフターサービスに活用すれば、結果的に客のつなぎ止めに役立つ。
しかし、白い洋服ばかり買っている客に、「新しい白の洋服が入りましたよ」と誘うべきか、「たまには黒もどうです?」と提案すべきか。そんな判断まで過去のデータをもとにコンピュータが決めてくれるわけではない。結局は店主の腕次第。臨機応変に客の心を読む眼力がものを言うのだ。


お客をつなぎ止める
CTI

【computer-telephony integration】 
電話とコンピュータを連携させてビジネスに活用すること。もともと、通販などの電話注文受付センターできめ細かい対応の実現をめざして考案された。たとえば、発信者番号表示機能を応用すれば、かかってきた電話に出る前に、発信者の番号をもとにコンピュータが顧客リストから過去の購買歴やら趣味やら家族構成やらを見つけだし、手元のコンピュータ画面に即座に表示することも可能だ。相手を把握してから、初めて受話器を取り、「三カ月前にお買い上げいただいた○○はいかがでしたか」「××をご購入いただいてから一年になりますが、そろそろ新モデルの××はいかがですか」などとやれば、客は大感激という寸法だ。
最近は、コンピュータが自動的に客に電話をかけて「そろそろ××はいかが?」と営業するシステムもあるが、ここまでくると、きめ細かい営業どころか、いかに手を抜くかという発想が見え見え。本来、店員の記憶力では覚えきれないこともあるので、足りないところは機械に手伝ってもらい、客が増えてもきめ細かく対応する体制を整えるというのが目的のはず。ところが、客のことを覚えるのが面倒なのでCTIを導入する企業もある。そのような使い方では、かえって白々しさばかりが目立ち、客にすぐに感づかれてしまうだろう。


お客をつなぎ止める
顧客満足

【customer satisfaction】 
eビジネスに関わる用語は、実のところ、商売の基本ばかりであることにお気づきだろうか。いや、むしろ、文字や絵がコミュニケーションの手段で、お互いの顔も姿も見えず、商品に触ることもできないという制約だらけの中で商売をするeビジネスだからこそ、ますます商売の基本が大切なのだ。
ネットワーク上にある店での買い物は、客にとって決して豪華な楽しみではない。散歩を兼ねたウインドウ・ショッピングなどという満足感もない。街の匂いのようなものもない。客は住み慣れた自宅のパソコンの前にいる。街や店内の雰囲気にだまされることもない。ウェブサイト画面の表示が遅いというだけで、あっという間に去ってしまう。何のことはない、マウスのクリック一つである。
そんな冷静な客を相手に、何を武器に、どんな商品をどのように売るというのか。現実の店舗ならば、豪華な柱や分厚いドアを使って店を立派に見せ、客の心をつかむことができるかもしれない。しかし、同じ発想で、立派なドアの“写真”をホームページに用意しても、客は苦笑するばかりだろう。
多少サービスが悪い店でも、駅前で便利だから仕方ないと半ばあきらめ顔で利用してくれていた客も、ネットワーク上では簡単によそのサービス満点の店に流れてしまう。ネットワークでは、立地や規模、店構えなど、商売のほんとうの実力とはかけ離れた要素で客を集めることはできないのだ。ネットワークでの店舗経営は、初期投資こそ少ないかもしれないが、商売自体は決してお手軽な姿勢でできるものではない。何よりもまず、価格、サービス、納期、サポートといった商売の基本要素で競争力を高め、そのうえで付加価値を提供しなければ生き残れない。このような条件を満たして生き残れる店であれば、当然、利用客の顧客満足度は高いだろうし、固定客となってくれるはずだ。その意味では、経営者にとって商売の才能が最も試される場である。

(PRESIDENT2000年1月号より)

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“スキル”が身につけば若い営業マンは働く

営業マンを動かすためには何が必要か。私は現在リクルートに勤務し、かつては法人相手の営業マンとして働き、現在は『アントレ』という独立したい人を支援する雑誌の広告営業幹部として、営業マンを育てる立場にいます。最近、若い営業マンたちと話していると、いちばん多く出てくる話題が、いったい営業はどんなキャリアを積むことができるのか、ということです。リストラにより企業の人材の流動化がいっそう激しくなり、自分もいつ転職を迫られるかもしれないと考える“不安な営業マン”が増えているのです。

経理マンであれば、経理のスキルがあり、総務の出身であれば、社会保険の知識や社会保険労務士の資格を面接でアピールすることができるでしょう。ところが自分が営業の仕事しかやってきていない場合、面接で何をアピールすればいいのかわからない。そういう感じの人が大部分なのです。営業という仕事の性格上、“スキル”とどう結びつけていいのかわからない人が多い。これが、特にいまどきの若い人が、営業に魅力を感じない最大の原因です。それが自らの成績の低下に繋がり、ますます自分を追い込んでしまうのです。

ところが営業を“キャリア”に結びつけ、営業マンに自信をつけさせる方法があるのです。
本田技研工業のある営業幹部は、おしゃべり上手の営業マンよりは、いわゆるサービス部門(メカニック)出身の技術者タイプのほうが営業に向いていると言っていました。飛び込み営業が苦手でも、企画を作らせたら驚くようなアイデアを出す営業マンもいます。つまり、営業マンに個性があることを認め、その個性を伸ばしていけばいいのです。個々の性格に合わせた“スキル”を持たせることができれば、その営業マンは、自信を持ち、見違えるほど働くようになるのです。 そのためにはまず、営業マンがどのようなタイプなのかを把握し、それに合わせたマネジメントを行う。そうすれば、若い営業マンはキャリアを築きつつ、どんどん仕事が楽しくなるでしょう。

ここでは営業マンを、
1基礎体力型、2提案型、3渉外型、4仮説型、5顧客志向型、6口コミ型、の6つのタイプに分類し、その特性や性格に合ったマネジメント手法を紹介します。もちろん一つのタイプに当てはまらず二つや三つのタイプの「複合型」の人も出てくることと思います。 大事なことは自己分析をしっかりさせて、自分の個性を伸ばすかたちで成長を支援することなのです。若い営業マンは実は燃えたがっています。ただし、どうやって燃えていいのかわからないのです。ここではそのヒントを紹介したいと思います。


1基礎体力型営業マン

チェック項目
・基礎体力型営業マン
・体育会系のノリが好き
・負けず嫌い
・誰かのために頑張るのが好き
・ノルマや目標の達成が自分の喜び
・飛び込み営業が好き

体育会系で猪突猛進型。訪問数や面談数をひたすら追求する。成約数やノルマでも、ライバルより「数」で上回ることに至上の喜びを見いだすタイプです。基礎体力型としたのは、これが営業の基本だからです。新人の営業マン教育は訪問回数を増やすとか、飛び込みをさせるといった方法からスタートさせるわけですが、この基本的スキルに価値を見いだす営業マンは意外に多いものです。それはベテランになっても必要なスキルだし、何年たっても基本技術の重要性を身に染みて感じている人が多いからかもしれません。いくら他の人生経験や人脈が豊富であってもこの営業の基礎体力がなければ、営業マンとして成功はできません。主な特徴としては、

・体育会系のノリ
・負けず嫌い
・誰かのために頑張るのが好き
・ノルマや目標達成を素直に喜ぶ
・飛び込み営業に燃える

というようなところがあります。
目標を設定すれば、それに向かってがむしゃらに頑張るため、飛び込み営業も苦になりません。またチームでウワーッと盛り上がって外に飛び出していくような営業も大好きです。それからこのタイプは誰かのために頑張るのが好きです。好きな上司にやれと言われたら、それをやる意味など聞かずに、その上司のために力を発揮してしまうのです。昔気質で義理人情に厚いタイプと言えます。

●このタイプを伸ばすには

この「基礎体力型営業マン」を伸ばすためには、「ほう・れん・そう」を重視することです。
報告・連絡・相談」という非常にベーシックな部分でキャッチボールしていきながら、目標を立て、それをクリアすることの繰り返しを行います。例えば「今日は何件回った?」と尋ね、目標に達していなければ、「じゃあ明日はその数マイナス一でやってみような」と具体的で細かい指示を与えていきます。また一つの目標をクリアできたら、次にもう少し高い目標を設定します。このタイプの営業マンがいちばん不安になるのは、上司からほったらかしにされること、無視されることです。与えた目標がどうなっているか頻繁に聞いて、達成したら褒める。できなければ、「なぜできないのか」細かくアドバイスしていくことが必要です。

また、このタイプで気をつけなくてはいけないのは、報告を上げてこなくなったとき。こういうときはたいてい、目標が達成できないときで、仕事から逃げてしまう人が多い。そうしたときには、こちらから声をかけてあげて、理由を聞き、次の目標を定めてあげることです。それをほったらかしにしておくと、「俺は相手にされてないんだ」と、ふてくされてしまいます。だから、できるだけかまってあげて、褒めてノセるというマネジメントが大事になってくると思います。


2提案型営業マン

チェック項目
提案型営業マン

・聞き上手である
・情報収集が得意
・新しいもの好き(あきっぽい)
・コンサルタント志向
・型にはまったことは苦手

このタイプは顧客にモノを売るというよりは、顧客のお手伝いをしたいとの発想で仕事をする営業マンです。「○○を売りに来ました」というよりは、「○○のお手伝いにやってきました」という営業をするタイプです。私は以前、ファクスの一斉同報サービスというシステムを法人相手に営業していましたが、そのときも「ファクスネットワークの販売に来ました」とは言わずに、「販売促進のお手伝いに来ました」というセールストークで営業していました。顧客の「課題」を見つけ、その「課題」に対して自分の扱っている商品やサービスを提案することを得意とします。お客が商品を買うのは、その商品が必要だから買うわけです。ですからその必要な商品を売ることが営業マンの基本となるわけですが、もう一つ、お客の困っていることを気づかせてあげるということも営業マンの大事な仕事だと思います。そしてそれが、「提案型営業マン」の最大の武器とも言えます。お客が気づきそうもない斬新で、興味をそそるアイデアを持つ人が、提案型で成功できます。リクルートには概してこのタイプが多いと思います。

・聞き上手
・情報収集がうまい
・新しいもの好き(あきっぽい)
・コンサルタント志向が強い
・型にはまったことが苦手

というようなものがあります。
このタイプは単品の商品を販売させるより、複数の商品やサービスを扱っているほうが能力を発揮します。手持ちのカードがたくさんあったほうが課題解決の選択肢が増えるからです。コンピュータシステムの営業などもこれに近いと思われます。

●このタイプを伸ばすには

このタイプの営業マンは、例えば訪問回数にこだわるとか、単品の商品だけを売らせると相当なストレスを感じます。ですから何件回ったか、何件成約が取れたかという結果よりも、顧客の課題を正しく見つけているか、という点について、上司が整理・助言してあげることが大切です。
「最近、あの会社にはどんな提案をしているのか。俺だったらこんな提案をしてみるけどなあ」 つまり部下が出した企画提案を一緒になって考えて、さらにブラッシュアップしていくというマネジメントが重要です。

また配置としては、例えば企業の中で戦略的にこの部門の売り上げを伸ばしたいというような部署に配属してあげると、頑張って働くタイプです。ただし、このタイプは机上の空論に終始しがちな弱点も併せ持っているので、必ず実行させて、結果を出すようにもっていくこと。中長期的な課題を与え、やってはいけない範囲だけを約束事として決めておきます。例えば、首都圏の範囲で行動するというように行動や予算の範囲を決めておき、あとは自由に泳がせてあげるといったマネジメントが必要です。


3代理店営業が得意な渉外型営業マン

チェック項目
代理店営業が得意な渉外型営業マン

・体育会系のノリが好き
・面倒見がいい
・ものごとをわかりやすく説明できる
・バランス感覚がある
・シナリオ作りが得意
・人間的な魅力がある

自分自身が商品を売るのではなく、販売会社や代理店組織といった第三者をうまく使って売り上げを伸ばす仕事に向いている人を指します。 例えば、食品メーカーとか保険会社などが採用している営業がこれです。このスタイルの営業はエンドユーザーとのやりとりをしなくてもいいから一見簡単そうで、ストレスも溜まらないように見えます。しかし、実際はその販売窓口を失うと一挙に顧客を失うことになりますし、直接、顧客の顔が見えないだけに、もどかしいケースも多い。代理店や販売会社に配慮しながら、その一方でエンドユーザーに目を配る複雑な営業活動になります。このタイプに適しているのは、

・面倒見がいい
・ものごとをわかりやすく説明できる
・バランス感覚がある
・シナリオ作りがうまい
・人間的な魅力がある

などの条件がありますが、最も大事なことは「人間的な魅力」です。
「あなたに言われたら無理してでも売ってみるよ」と得意先から言われたことがあれば、「渉外型営業マン」としてやっていけるでしょう。シナリオ作りはとても重要です。私が『アントレ』の創刊当時の広告営業を始めたときのことです。リクルートの各営業部の人たちに、「お願いだから売ってください」と頼みました。するとそのときは、「わかった。おまえらのために売ってやろうじゃないか」という気になってくれました。ところが彼らが他の業務を始めるうちに、忙しさもありその気持ちはすぐに薄らいでしまったのです。だから頼むと同時に、営業の想定問答集を作って、「これを持って、ここに営業してくれ」と具体的に頼まなくては、人は動いてくれないんだということを痛感しました。

また、人を動かすという意味で、日本生命のケースは参考に値します。日本生命の営業マンは、キャンペーンが始まると、いわゆる“ニッセイレディ”の家庭を全部回り、旦那さんに会うそうなんです。「今月はキャンペーンでちょっと奥様に頑張っていただき、夜も少し遅くなるかもしれませんが、よろしくお願いいたします」と旦那さんに伝えることが、彼女たちに最もやる気を出させる方法なのだそうです。このタイプは単品の商品を販売させるより、複数の商品やサービスを扱っているほうが能力を発揮します。手持ちのカードがたくさんあったほうが課題解決の選択肢が増えるからです。コンピュータシステムの営業などもこれに近いと思われます。

●このタイプを伸ばすには

営業マンと同じ目線に立って考えてあげることが必要です。「渉外型営業マン」はマネジメント職に限りなく近い仕事をしています。だから部下と一緒になって考えてあげることです。またこのタイプの営業マンは、自分より年上の人に対して交渉するという場面が多く出てきます。若者が、人生経験豊富な40代、50代の人を動かすわけですから、プレッシャーも大変です。ですから、年上の気持ちを上手に教えてあげることも必要でしょう。


4マーケティング志向の仮説型営業マン

チェック項目
マーケティング志向の仮説型営業マン

・体育会系のノリが好き
・誰もやらないことが好き
・ややマゾっ気がある
・責任感が強い
・一匹狼
・検証や実験好き

「提案型営業マン」と似ていますが、「提案型」が顧客情報を前提に提案を組み立てるのに対して、「仮説型営業マン」は白紙に地図を描いていくような仕事の仕方をします。例えば私の行った仮説型営業を紹介しますと、やはりファクスの同報サービスをまったく取引のなかった製薬業界に売り込んだときのことです。そこでまず製薬業界の業界誌の方に話を聞きました。すると、新薬の情報と副作用の情報を病院や研究所に伝えなくてはいけないという仕事があることを知りました。当時インターネットもありませんでしたので、その伝達が「おそらくうまくいっていないだろう。だから、製薬業界のある部門には、ファクスの同報サービスの需要があるに違いない」という仮説を立てました。そして、ある製薬メーカーの広報部の方と会いました。そこで医薬情報部門の方を紹介いただき、無事契約を取ることができたのです。 

自分で集めた情報の中から「仮説」を立て、自分の企画をぶつけて駄目だったら次を考える。トライ&エラーの繰り返しができる人こそ、「仮説型営業マン」に向くタイプといえます。向いているのは、例えば釣りをするときでも、ほかの釣り人とは違うところに餌を投げるような人。自分だけのポイントを見つけることに喜びを見いだすタイプでしょう。どういった人が、このタイプに向いているのかと言えば、

・誰もやらないことが好き
・ややマゾっ気がある
・責任感が強い
・一匹狼
・検証や実験が好き

などの条件が挙げられますが、まったくのゼロからビジネスをつくり上げていくわけですから、ある意味で強い意志を持っている人。情報収集力のある人。そして最も重要なことはイマジネーションがあることでしょう。例えばこういった需要があるに違いないと思ったら、それはどの会社のどの部署にどんな商品を持っていくのだ……と次々にアイデアを積み重ねていかなくてはならない。ですから類稀なる想像力が必要とされます。

●このタイプを伸ばすには

一つには部下が立てた「仮説」を一緒に検証し、議論してあげることです。そのためには担当させた業界や会社を理解し、人、モノ、カネの流れを上司なりに理解しておくことが大切です。部下にそれを一つ一つ確認していくわけですから、上司も一緒になって理解しておかねばならない。もう一つの重要な役割は「見切りをつける」ことです。結果を出させるために必ず納期を決めます。仮説営業の場合、いくらその案件を掘っても結果が出てこないこともあります。結果が出ないまま続けても会社のロスが増えるだけです。ですから最初に撤退のポイントを決めて、ここまでやって結果が出なければ、いったんチャラにしようということを上司と部下が確認し合うことが大事だと思います。


5顧客志向型営業マン

チェック項目
顧客志向型営業マン

・人間好き
・人の強みと弱みを握れる
・分析力がある
・仕事とプライベートの区別がない
・戦略好き

「渉外型営業マン」の項で「人間的な魅力」という言葉が出ましたが、この「顧客志向型営業マン」は、人を動かすというより、人との繋がりでビジネスをしていく人です。訪問販売系の商品あるいは損害保険、生命保険など、これまで商品力にそれほど違いのない業種での基本的な営業方法だとも言えます。こうした業種での営業で成績を上げるのには、顧客から厚い信頼を得ていることが最大のポイントになります。そのため、

・人が好き
・人の強みと弱みを握るのがうまい
・人を分析する能力に優れる
・仕事とプライベートを区別しない

といったような特徴があれば、このタイプ向きかもしれません。顧客のためならクルマ購入の手続きからチケット取りまでなんでもやってあげる“よろず屋さん的な仕事”をいとわない人であれば、このタイプで大成できるでしょう。営業マンをやっていれば、当然商品力の弱い、あるいはない商品を売らねばならないときもあります。例えば私の場合でも、とても他社製品と競争できないような商品でも売らねばならないというときがありました。こうした場合は例えば別件ですごい恩を貸しているとか、その顧客に対して恩のある人から頼んでもらうとかいった手段に走るしかないわけです。そういう意味でも人の強みと弱みを握る、といった技に長けていないとこの種の営業はできません。

ただし、こうした営業を嫌がる顧客もいますので気をつけなくてはなりません。お客と話しているとき、
「ところで○○さんは出身大学はどちらでしたっけ」
「××大学だが……」
「一緒です。奇遇ですねえ」
と話しかけたところ、お客が機嫌を悪くして商談が気まずいものになった場面を何度も見ています。相手を見て使い分けることが必要でしょう。などの条件が挙げられますが、まったくのゼロからビジネスをつくり上げていくわけですから、ある意味で強い意志を持っている人。情報収集力のある人。そして最も重要なことはイマジネーションがあることでしょう。例えばこういった需要があるに違いないと思ったら、それはどの会社のどの部署にどんな商品を持っていくのだ……と次々にアイデアを積み重ねていかなくてはならない。ですから類稀なる想像力が必要とされます。
す。

●このタイプを伸ばすには

営業マンの営業手法を肯定してあげることがいちばんです。
「おまえ、そんなに顧客と飲み歩いて情報収集しても、なんの役にも立たないだろう」などと一蹴してしまっては、この営業マンのモチベーションは一気に下がってしまいます。このタイプは持っている“人脈”が誇りなわけですから、それを評価し、認めてあげることが大事です。たまには、「最近、あの部長さん元気にしている?」などと声をかけるだけで、このタイプは嬉しく思うはずです。ただ大切なことは、仕事としての人脈とプライベートな人脈をきっちりと分けてあげることです。「おまえにとっては、それはいい話だと思うけど、会社には関係ない。プライベートでやってくれ」などとはっきり言うべきときは言うことです。人脈を使った営業の場合、例えば、どの程度その部下の“下心”が含まれているかなど微妙なさじ加減を上司が確認し、微調整してあげることが必要です。


6口コミで仕事が取れる営業マン

チェック項目
口コミで仕事が取れる営業マン

・人脈づくりが得意
・人を安心させることができる
・「ほう・れん・そう」がしっかりしている
・少し図々しい
・フォローがうまい

「口コミ営業」とは顧客からの紹介を生かしていく営業のこと。営業マンにとっては最も理想的なかたちといえるでしょう。 「ちょっと仕事のことで相談に乗ってほしいのだけど」 と相談を受けているうちに商売が広がっていくタイプで、種を蒔いて待っているうちに、大きく収穫していくことができる営業マンです。

・人脈づくりがうまい
・人に安心感を与え、信頼される
・「ほう・れん・そう」ができる
・少し図々しい
・フォローがうまい

などの条件が挙げられます。
他のタイプとのいちばんの違いは、自分が顧客にしてほしいことをキチンと伝えておけるかどうかという点です。
例えば商談で断られたとしても、「ではこういうビジネスに興味がある人がいたら、ぜひ教えてください」と必ず言うこと。そして紹介してもらったら、アフターフォローをしっかりするということが大事です。えてして紹介したほうにはあまりメリットがないので、その人にプラスになる情報を教えるなどして関係を深めることも必要になってきます。

最近「口コミ営業」についてうまい仕掛けだと思ったのは、ある紳士服店のやり方です。実は別々のところで二着作って、一着は宅配便で送られてきたが、もう一着は営業マンが届けに来てくれました。丁寧に納めてくれて、しかもネクタイをサービスしてくれました。最後に思わぬサービスがあると、人間は喜んでしまうものです。そこですかさず、
「もしほかにスーツを作りたいという方がいたら、ぜひ紹介してください」と言われ、私はその場で紹介してしまったのです。その営業マンが言うには、商品を納めるときが最大のビジネスチャンス。それを宅配便で潰す人は信じられないと言っていました。

●このタイプを伸ばすには

こうしたタイプへのマネジメントは難しい。管理者として気をつけなければいけないのは、アフターフォローをしっかりやっているかどうかのチェックをしてあげることだと思います。このタイプの営業マンは取引先から可愛がられるケースが多く、それに甘えてしまうケースも多いからです。紹介を頼んで、そのあと、紹介者になんのフォローもしない場合、人脈の輪を狭めてしまいます。そうしたことがないように、営業マンが嫌わなければ、同行して紹介者に一緒に挨拶に行くというフォローも有効でしょう。

このように六つの営業マンのタイプを紹介しましたが、大切なことは、ひと口に営業といっても、その“スキル”はこれだけ幅広いということを理解することだと思います。それぞれの特性を考え、いちばんその営業マンに合ったタイプを見分けて、育てていくことで、その営業マンは最終的には「自分だけのスタイル」を確立していけるようになると思います。
 
(PRESIDENT1999年12月号より)

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若き「カリスマ」は鋭利なる経営者として帰還した

ここ数年シリコンバレーでは、まことしやかに「アップル・ディアスポラ」という言葉が囁かれていた。アップル民族の離散。経営陣の方針にしっくりいかないものを感じて退社、あるいは経営陣に盾をついて首を切られたアップル・コンピュータ社の有能なエンジニアたちが、生まれ故郷を追われ、シリコンバレーの隅々へ散っていったというのだ。実際アップル社は設立後20年近くにわたってその大半を大波の浮き沈みに費やし、その時々で山が崩れるように多くの人々がこの会社を去っている。ことに1980年代後半以降の混乱のさまは救いがたく、同社は結局数年の間にジョン・スカリーマイケル・スピンドラーギル・アメリオとCEOが三人も交代するという、目まぐるしいドタバタ劇を演じ上げていた。経営陣に愛想も尽き果てた優れた人材が去り、事実上骨抜きになったアップル社は、96年度には損失10億ドルを出す思えば85年、ペプシコーラから自ら説得して連れてきたCEOジョン・スカリージョブズが追放されて以来12年。追放される前のジョブズはまだ30に手が届くかどうかの若者で、射るような目つきとハンサムな風貌を備え、何よりもパーソナルコンピュータという未聞の製品を世に出したカリスマだった。

今回のジョブズの回帰は、まるですごろくを一巡してふたたびスタート地点に立ったようなものである。そして髪も薄くなり、膨らんだ頬に白髪交じりのヒゲを生やしたジョブズが出してきた第2ラウンドの戦略は、まさに手堅い経営者のものだった。


ジョブズが自ら行った「支援」そして「提携」

ジョブズの戦略はこうである。
まずアップル開発者への積極的な支援。ソフトウエアがなければコンピュータは売れない。そんな当たり前の原則を無視したのがここ数年のアップルの態度で、ソフト開発者たちにとっては堪え難いものだったらしい。

アドビ・システムズの製品開発マーケティング担当副社長のブルース・チャイゼン氏はこう説明する。

「ではこういうソフトを開発しましょうとアップルと話し合い、社内のプログラマーたちと仕事を進める。2週間後に次のミーティングをしようとすると、アップル側ではその担当者もソフト開発のためのリソースもなくなっているんです。それが毎回のことなんです。とにかく方針がころころ変わる。とてもあてにできるものではありません」

アドビ社は90年のピーク時には65%をマッキントッシュ向け、35%をウィンドウズ向けにソフトを開発していたが、98年第2四半期にはこれが40%と60%にすっかり逆転している。同社はプロ向けの出版用ソフト開発で知られ、創業以来アップルの大いなる賛同者だったはずだ。その会社にしてこの方向転換だ。

アドビ社に連絡を取ってきたのはジョブズのほうだったとチャイゼン氏は言う。アドビの創設者ジョン・ウォーナックとミーティングを開き、今後の方針を説明したうえで、ジョブズアップル社への提言を熱心に聞いていったという。今でも4回に一度はジョブズ自身が開発ミーティングに出席し、プログラマーたちと定期的に顔を合わせているという。
「電子メールで質問をすれば、必ず返事が戻ってくる。しかも口先だけでない。ジョブズはちゃんとアクションをする、ダイナミックなリーダーです」

もう1つの戦術はもちろん、マイクロソフトとの提携だ。97年8月、ボストンで開かれたマックワールド・エキスポでジョブズがこれを発表したとき、会場に集まった数千人のアップル信奉者たちから流れてきたのは、ただの沈黙だった。マイクロソフトはアップル社へ1億5000万ドルを投資するうえ、5年にわたって同社の人気ソフトパッケージ「オフィス」をマッキントッシュ用に開発するというのが、その内容だ。そのとき会場の大型スクリーンに写し出されたビル・ゲイツの顔にブーイングした参加者も多かったが、「オフィス98」の売り上げは世界中で150万本を超え、少なくとも数字の上でこの提携はアップル社のカムバックに貢献している。iMac購入者の人気ソフトのベストワンも「オフィス98」だ。

マイクロソフトもアップルの市場を必ずしも小さいものとは捉えていないようで、マッキントッシュ専門チームに200人のプログラマーを投入して、ウィンドウズPCと同じ頻度でオフィスの新製品を出していく体制を組んだ。マイクロソフトのマッキントッシュ・ビジネスユニット・ゼネラルマネジャーのベン・ウォルドマン氏は語る。
「われわれのチームは、マッキントッシュ・ユーザー向けにプログラムをゼロから書いているんです。だからうまく機能する。ネットスケープですら、ウィンドウズPC用のプログラムをいじってマッキントッシュ用に体裁を整えているだけでしかありません」

ウォルドマン氏はジョブズの信頼も厚く、今年初めサンフランシスコで開かれたマックワールド・エキスポでは、ジョブズのプレゼンテーション中に壇上に上がって「オフィス」の解説をした。観客は最初刺すように冷ややかな視線を送っていたが、ウォルドマン氏がマッキントッシュ・ユーザーのために「特別に」付け加えられたフィーチャーを説明するくだりになると、どんどん盛り上がり、最後には満場の拍手で送られての退場となった。

「マッキントッシュ・ユーザーがどんな人々なのか、その文化を理解するために、マイクロソフトではかなりの調査をしています」と告げるウォルドマン氏は、マッキントッシュだけに的を絞った全く新しい製品の開発の可能性も否定しなかった。ちなみにインターネットでマイクロソフトのホームページに行くと、このマッキントッシュ・ビジネスユニットへのリンクがあり、ここでは開発の最新情報を載せたニュースレターが読める。スティーブ・ジョブズは一週間前の、しかも土曜日に「このニュースレターは実によく出来ている」とウォルドマン氏に二度も電子メールを送ってきたのだという。

アップルが勝つためにはマイクロソフトが負けなければいけないという、ばかな考えは捨てなければ」。ジョブズは提携発表の際にそう観客に呼びかけていた。かつてスティーブ・ジョブズとビル・ゲイツは共にIBMを敵に闘ったことはあっても、互いが敵同士だったことはないと、業界に古い人々は口を揃える。実はこの提携こそ両社に利益をもたらし、アップルの復活を裏書きする最も確かな戦略かもしれない。


「クレージーな人間が世界を変えてしまうのだ」

ジョブズはこうして脇を固めながら、アップル社内にも大鉈を振るった。まず取締役会メンバーをほぼ全員入れ替えた。退任した中にはアップル創設時に資金を出したマイク・マークラも含まれている。代わりに親友でオラクル会長のラリー・エリソンらが新しく加わった。そして幹部役員もほとんど刷新して、ジョブズアップル追放中に創設し96年にアップルに買収されたネクスト・コンピュータ社から腹心の部下たちを配備している。アメリカでは大統領や州知事が代わると、省庁や役所のトップも総入れ替えとなる。ジョブズの帰還もそれと同じように、前任者の息のかかった人間を排除するという手続きを踏んでいるのだ。

そのうえで、製品ラインを15から4つに絞り込んだ。プロ向けのデスクトップとポータブル、そして消費者向けのデスクトップとポータブルである。製品ラインのスリム化で、従業員も大幅に削減している。現在のアップル社員は9600人。最も社員が多かった93年の1万5000人と比べると、3分の2に集約されたことになる。 アップル社で新しいOSの開発にあたったあるエンジニアの話によると、同社で進んでいたいくつかのOSの開発は収拾がつかないほどに自由放任されていたという。「300人近くのプログラマーたちがすべてのサブシステムをバラバラに書き進めていたため、一つに合体したときに動かない、などというのが日常茶飯」に起こったという。もともとはジョブズが植え付けた自由奔放の社風が、個々の社員が自己主張するばかりのただの無法地帯にすり替わっていたのである。

これはマーケティングでもしかりだ。ジョブズ前には、15製品にユーザーごとの4つのマーケティング・チームがつくられ、結局は方向付けができないままに曖昧な製品が市場へ流れていった。エンジニアとしてよりマーケッターとしての才能に秀でているジョブズは、自らマーケティング担当副社長に就任してこれにメスを入れた。最初にやったキャンペーンは「シンク・ディファレント(違ったことを考えよう)」で、これほどジョブズの再登場をひと言で表現し切っているものもない。アインシュタイン、ガンジーといった天才たちの写真とともに、次のような言葉が添えられている。「自分の力で世界を変えようと思っている。そんなクレージーな人間が本当に世界を変えてしまうのだ」。

そしてiMacがある。これはまさにマーケティングで成功したコンピュータともいえる。低価格で高性能。しかもお洒落だ。オフィス仕様コンピュータには二の足を踏んでいた普通の消費者や若者が、これに飛びついた。iMacのデザインを手がけたジョナサン・アイブによると、ジョブズにはどんな形のどんなコンピュータが欲しいか、はっきりとしたイメージがあり、その外見にはかなり細かいところまで注文をつけたという。


「ジョブスの会社だから」社員は誰も気が抜けない

だが、43歳にしてすでにシリコンバレーの伝説になっているスティーブ・ジョブズには、裏の顔もある。アップル社の周辺にいる人々に話を聞くと必ずといっていいほど耳にする台詞が、「でもあそこはジョブズの会社だから」。つまり自分の会社だから、何をしてもいいというわけだ。

例えばこんな逸話を聞いた。マネジャー・ミーティングで熱心にメモを取っていた社員に、ジョブズが冷たく言い放つ。「私の言ったことが覚えられないようなら、今すぐやめろ」。これは「メモを取るのをやめろ」ではなく、「会社を辞めろ」の意味だったとか。ジョブズが復帰して1カ月間は、こうした気紛れなリストラが嵐のように吹きまくり、300人もの社員がアップル社を去っていったとも噂されている。ジョブズの車が駐車場に止まっている間は、誰も気が抜けないとある社員は言う。ジョブズは本当に優れた人間しか身の回りに置きたくないのだと、彼を知る人間は言う。神経質で横柄なカリスマは、今もジョブズの中に宿っている。

「終わりよければ、すべてよし」。シリコンバレーはまさにそういった風土だ。そしてスティーブ・ジョブズは自分の求めるものを手にするために、何の妥協も躊躇もしない。ジョブズにとっての「終わり」、世界の変革はどんなかたちでやってくるのか。ジョブズはその道のりに、まだ出かけたばかりなのである。

(PRESIDENT1999年5月号より)

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日本でのアップル復活の主役はこの人だ

iMacの生みの親、スティーブ・ジョブズのカリスマ。それはiMacを日本でヒットさせる起爆剤になった。しかしカリスマだけでものは売れない。ウィンドウズマシンが売れたのは、ビル・ゲイツにカリスマがあったからではない。ウィンドウズOSの普及率が臨界点に達したという非常に単純なビジネスの論理で売れたのだ。

では、日本市場を見た場合、1998年8月の発売以来、月3万~4万台売ってきたiMacの本当の強さとは何なのか。丸みを帯びた、スケルトンのボディー、ワンタッチでインターネットに接続できるユーザーフレンドリーな作り、そんなある意味「子供だまし」の部分をすべて取っ払ってしまっても、まだ残るiMacの強みとは何なのだろうか。それを検証するため、「日本でのアップル復活の主役」と言われるアップルコンピュータ日本法人社長、原田永幸の激動の2年間を振り返った。

辞表を書いた途端「社長をやってみないか」

96年、原田は、アップル本社に転勤を命じられ、そこでワールドワイドプロジェクトグループの一員として働いていた。申し分のない気候、素晴らしい自然環境、そして有能な同僚たち。アメリカには何百回も出張で来ていた原田だったが、ここ、シリコンバレーに住んでみて、日米の文化の違いをあらためて感じていた。「個人のパワーのすごい国だ。プロフェッショナリズムが確立している。日本の協調性第一主義がイノベーション(革新)に立ち遅れるのも無理はない」。

原田は、優秀な同僚たちに囲まれ、アップルの経営戦略に関わる重要な仕事をしながら、文字どおり世界を飛び回っていた。しかし原田の心は、曇りがちだった。移り住んだパロアルト周辺の不動産価格が日に日に上がる、好況を絵に描いたようなアメリカにあって、アップルは大リストラの嵐に見舞われていたのだ。そして、とうとう原田らにもリストラの波が及んだ。海外から来ていた社員は、家賃など生活費がかさむという理由で、自国に帰るようにという辞令が出た。

原田は迷った。日本では、志賀徹也が社長の座に就いていた。日本に帰っても、彼の下でそれまでやってきたマーケティングの仕事をやるだけである。アメリカに一年住み、貪欲なまでに自分のキャリアを追求するアメリカの同僚を目の当たりにして、「そんな後ろ向きなキャリアは選べない」と考えた原田は、辞表を書く。ところが帰国後、思いがけず志賀がアップルを辞めた。本社に呼び戻された原田は、「社長をやってみないか」と打診される。すでに数社から誘いをを受けていた原田だったが、迷わずアップルに戻った。原田の腹は決まっていた。

原田が社長に就任した97年の7月、アップルの創業者にしてカリスマ的存在、スティーブ・ジョブズアップルに帰ってきた。それまで原田ジョン・スカリーマイケル・スピンドラーギル・アメリオの歴代3人のCEOに仕えていながら、ジョブズには会ったことがなかった。待ってましたとばかり、暫定CEOとなったジョブズに会うべくアメリカに飛び、ジョブズと初めて言葉を交わした瞬間、手応えを感じた。「アップルの強さをすべて知っている人はこの人だ」。


拡げすぎた販路と代理店への依存体質

原田がまず最初に取りかかったのは、複雑怪奇な流通網に大鉈を振るうことだった。「アップルが今、苦境にあるのは、外的要因ではありません」。社長就任会見でそう言いきった原田は、内部的要因、すなわち流通在庫が「3カ月分くらい平気であった」(原田)という問題の解決に取りかかった。結果から先に言ってしまうと、現在の流通の在庫は2日分である。原田の言うところの「販売チャンネルのリエンジニアリング」は、どのようにして実現されたのか。

95年頃までに、「マックマスター」と呼ばれる、自称「アップル商品を扱っている」お店が全国で3700店にも膨れ上がっていた。しかし本気でアップルの商品を売っていたのはその中でも100店舗ほどしかなかった。あとの店は、ウィンドウズマシンにどんどんシェアを奪われるアップルの商品を半ば見放し、ろくなスペースも取らず、広告宣伝費も削り、ただ置いているだけ……ひどいところになると、アップルを扱っていると謳っていながら、商品さえないところもあった。

「これは私たちの責任なんです。何を売ろうとしているのか、どこが営業の強みなのか、全くユーザー無視の販売店の実態をつくってしまったんです」(原田)。

原田は、今までアップルの商品を最も多く扱っていた代理店、キヤノン販売に向けていた社内の経営資源を、消費者との接点である販売店にシフトする必要性を痛切に感じていた。そこでキヤノン販売にもそのことをはっきりと伝えた。それは、簡単な仕事ではなかった。

キヤノン販売は、アップルコンピュータ日本法人が出来た83年から、マッキントッシュを累計で300万台は売ってきたという、「超」がつくほどのお得意様だ。マッキントッシュの販売にはずいぶん貢献してきた。しかし、その販売力がいつしか「自分たちが食わせてやっているアップル」という姿勢に変わってきた。べらぼうに高いマージンを取り、アップル側が「この製品をこれだけ売ってください」ということさえ許されなかった。ひと頃はアップルの人事にまで口を出すほどの隠然たる影響力を振るっていたという。しかし原田は、「過去貢献したから、そのままいくんだということではない」と、断固とした態度で、キヤノン販売との関係の「正常化」を推し進めた。

関係者によれば、原田はキヤノン販売の大御所、滝川精一会長のところに出向き、「ディストリビューター(代理店)の役割は、ローコストの流通にあって、付加価値をつけることではありません。付加価値をつけるから余計にマージンを上乗せせよとおっしゃるのなら、それはお客様から直接貰ってください」と詰め寄った。「この条件を呑んでいただけないのであれば、うちとビジネスをしていただかなくても結構です」とまで言ったという。自ら退路を絶っての賭けだった。まだiMacの影も形もない九八年の暮れのことだ。

「飼い犬に手を噛まれた」かたちのキヤノン販売は、内心面白くなかったかもしれない。滝川会長の最初の答えは「ノー」だった。しかし同社はこの頃、すでにビジネス市場での競争力がないという理由で「マック離れ」をしていた。(日本ガートナー・グループ、データクエスト 主席アナリスト志賀嘉士)。キヤノン販売は、最終的にはアップルの条件を呑んだのである。


全国の販売店を社員が足で「審査」

残された仕事は販売チャンネルの整理だが、アップルのやり方は「整理」というような生やさしいものではなかった。まだiMac発売の事前発表もなかった98年4月から3カ月間、20人のアップルの社員が行動を開始した。苫小牧から沖縄まで、足で販売店を一つ一つ回ったのである。それぞれの店舗でこんな会話が交わされたものだった。
「すみません、マッキントッシュを買いたいんですけど、こちら置いてますよね」
「いや、もうマックなんて売れないから、うちではやらないんだよ。昔はよかったけどね」

そんなやりとりを詳細にレポートに書き込み、今後、アップルと長い付き合いをしていけそうなパートナーを厳しく選び出していった。のちに述べるように、まずアップルが新しく構築しようとしている流通在庫を限りになくゼロに近づけるサプライチェーンに対応できることが第一の条件、そして第二の条件が、原田の言う「マックユーザーの視点に立ったお店の展開ができている店」だ。「(品物を)段ボールに入れたまま裏の倉庫に入れておいて、価格だけ表示して売っているようなところに、新規ユーザーを掘り起こすことなどできません。基本的に常時デモをやることです」。

もちろんアップル側からも、そういう"意欲のある店"には、週末に応援部隊を出したり、デモキットを配布したり、店員のトレーニングをしたりといったサポートを約束した。こうしてアップル側の厳しい"抜き打ちテスト"に合格した店だけが、晴れて「iMacデモ展示販売店」を名乗ることを許されたのだ。「マックマスター」が「手を挙げれば誰でもなれる」(アップル関係者)ものだったのに対し、「iMacデモ展示販売店」は、いわば"折り紙付き"の店なのである。

5月の連休にiMacの商品発表があり、これがどうやら前代未聞の強力な商品だとわかると、全国の販売店からのアップル詣でが始まった。

「いやあ、iMacを見たとき、感動で震えがきましたよ。もう40台もご注文いただいております」。そんな電話が担当者のところに殺到した。しかし、実地調査で落第店をつけられた販売店には、先に何台オーダーを取っていようと、iMacが届くことはなかった。


独禁法違反の声も社員の身の危険もあった

「販路規定」は、当然のことながら独禁法違反になる。しかし、アップルの最先端で流通網の改革をやっていた戦士たちは、きちんと理論武装もしていた。独禁法専門の弁護士について、社内でトレーニングを行い、言質を取られないよう、録音されていることを前提に話をした。「私どもは外資系の会社ですから、リーガル(法的)なことに関して、経営のガイドラインや社内文化にはものすごく厳しいものがあります。少なくとも日本企業よりも厳しいガイドラインがあります。もちろん今回の施策は、独禁法違反といった見方がされるかもしれないという想定で、私どもは相当勉強いたしました」(原田)。

8月29日、日本でもiMacが発売された。もともとマックを扱っている"はずの"3700店のうち、「iMacデモ展示販売店」はその時点で100店舗まで絞り込まれた(99年4月5日現在では、大学生協を含め、約300店舗)。アップル関係者によれば、iMac販売の日には、とうとう最後まで商品を卸してもらえなかった販売店の反発を恐れて、店舗に派遣した社員にはガードマンまでつけたという。

iMacは発売1カ月で4万台売れ、それ以降もペースを落とさず売れ続けている。5色が揃った1月にはむしろ販売台数が増えたほどだ。一方、販売チャンネルの事実上の限定以外に、iMacはもう一つ、PC流通業界の常識を破った。iMacには全く値崩れがないということである。どこで買っても一律15万8000円。今度は、独禁法の「再販価格維持」に抵触するのでは、という疑問が湧く。

パソコンはオープンプライスが取られ、事実上メーカー小売希望価格はないことになっているからだ。消費者にいちばん近い小売店が値段を決め、そして販売店はメーカーに値下げ分の補填を求めるのが慣習化していた。しかしアップルは、各店舗に「おたくには卸しません」とは言わなかったのと同様、「この価格でしか売ってはいけません」とも言っていない。ただ、値下げできないほどマージンを低くした。そのマージンでもビジネスができるというところだけがiMacを扱っているのである。


PCの流通を根本から変えた大手術

アップル側は、iMacを扱いたいという店に対しては、「おたくはわが社の新しいサプライチェーンにちゃんと対応していただける体質ですか。マージンは従来よりもはるかに少ないんです。極端にいえば在庫の回転を従来の2倍にしなければ利益額を確保できませんよ」と念を押した。今、iMacを扱っている店舗では1週間分の在庫しかおいていない。そして売れた台数は毎日アップルに伝わるようになっている。そして2、3日以内にその売れた分がシンガポールの組み立て工場から直接補給されるという仕組みだ。

この体制が出来るまでは、シンガポールから習志野の物流拠点にいったん品物を集め、その後、代理店の倉庫に「次に出す商品だから、とりあえず持っていてほしい」という、いわゆる「押し込み」をやっていた。そして売れ残ったものについてはアップル側が補填するという悪循環で、赤字が膨らんだ。

その習志野の拠点も97年10月に閉鎖したことで、物流にかかる固定費は80%減らすことができたという。人員も、60人いたのが4人ですむようになった。

新しいサプライチェーンでは、メーカーと販売店ががっちり組んで、低マージンでも回転数を上げて利益を確保できる仕組みをつくり上げた。販売店にしてみれば、そういう態勢に対応できるところだけがアップルと取引ができるというわけだ。

これまでメーカーと代理店、販売店は、お互いの責任の所在をはっきりさせないまま、馴れ合いのビジネスをやってきた。メーカーは品物を需要より大幅に多く作ったうえ、流通経路に押し込み、それを無理矢理呑み込んだ代理店や販売店は、当然のことのようにメーカーに補填を求めた。このもたれ合いの関係が、アップルだけでなく、他の日本のPCメーカーを苦境に追いやった。

アップルがすごいのは、このしがらみだらけの販売チャンネル改革を非連続的に一気にやってしまったこと」とアンダーセン コンサルティングのアソシエートパートナー・西村裕二は言う。「日本のメーカーは売り上げ至上主義で、在庫リスクを過小評価していた。そもそも生産能力が過剰なので、それをいかに埋めるかが問題で、売れ残りの責任を誰が取るかははっきりしていないのが実情です」。

一方、データクエストの志賀は、
アップルは、大きな時代の流れを先取りした。実はNECや富士通などの国内大手のPCメーカーも、流通網の整理に取り組み始めているが、系列の代理店などとのしがらみがあるので、それを一夜にして変えることはできない」と語る。ある意味では「落ちるところまで落ちたアップルだからできたこと」(志賀)であった。「ある程度シェアがあるところは、かえって思い切ったことができないんですよ。『金持ち喧嘩せず』ですか」。

その意味で、アップルに失うものがなかったのは今回に限りプラスであった。しかしiMacがここまで成功した今でも、原田は「私は数ではなく、質の向上にフォーカスします」と言って憚らない。「営業数字を目の前で作ることは簡単です。目標何10万台と掲げて、大量に仕入れて、素材を調達して、作って、倉庫に入れて、さあこれだけ買ってください。リベート出します、と。しかし、それをやると私どもが経験したような大変な赤字を出すわけです」。


「iMacは揮発性の商品ではない」

販路の贅肉を削ぎ落とし、流通在庫2、3日という生鮮食料品並みの在庫回転率を実現したアップルだが、それもiMacという強力な商品があってこそだった。原田は、iMacという名前こそまだ知らされていなかったものの、非常に強力な商品を投入することをジョブズに約束されていた。それを信じ、その最強の商品をフルに使うつもりで、販路の整理にあたった。iMacがただの流行で終わってしまっては、この苦労も水の泡。「いいときだけのマック」という轍をふたたび踏むことになってしまう。

しかし原田は「iMacはトレンディーな"揮発性"の商品ではない」と言いきる。「ジョブズも、パソコンの歴史というのはまだ20年。向こう100年はどんどん発展していく可能性を持っていると言っています。今後インターネットのインフラもライフスタイルもビジネススタイルも当然発展していくわけですから、そこをリードするような商品の発展というものがiMacの継続的なビジネス成功の鍵です」。

原田の父親は、長崎で養鶏業を営んでいる。「酒もタバコもやらない生真面目な厳しい父です」と息子の顔をのぞかせたかと思うと、「でもコンピュータのことは全然わからない。いまのiMacはまだ難しい。広告だって親父の友達に言ってもわかるようなのを作れと言っているんです」とまたすぐに仕事の話に戻る。今の原田の頭のなかは「これから」のことでいっぱいだ。

iMac成功おめでとうございます、なんてたくさんの方から言っていただけるんですけれど、ゴルフに例えると80であがってきても『あのパットが外れなかったら70台だった』というようなおもいはしょっちゅうあるわけです」

当面の課題としては、直販のアップルストアを成功させ、BTO(受注生産)やCTO(注文仕様生産)のできるインフラを立ち上げたいと考えている。

シリコンバレーに1年暮らして、「個人のパワーのすごさ」を肌で感じた原田だが、その体現者のような人物が、原田が敬愛するスティーブ・ジョブズその人である。そのカリスマ性が、ときに独裁者のような振る舞いと取られるジョブズだが、原田は「僕は彼のことを怖いとは思わない。彼ほどストレートに情熱を持って、自分のロマンを一生懸命語ってコミュニケーションする人はいないと思います。そんなCEOの下で働けるのは非常に幸せだと思う」と話す。

原田自身は、「情熱」の経営者というよりは、日本的な「仕事人」と言ったほうが近いかもしれない。「私はどんな外的要因でも業績不振の責任を経営者は取るべきだと思っています。退任する覚悟はいつもあります。それは、個人的にはルーザー(敗者)になりたくないからです。退任はルーザーじゃない。経営不振に陥ってもなんの施策もなくて、黙ってふんぞりかえって自分の保身活動だけをしているのがルーザーです。経営は、自分の節度を持って対応すべきです。それが社員と組織力を強くしていく私の一つの姿勢です」。

「ロマンとビジョン」を持った本社経営者と、それを「信念」を持って形に変えていける日本のパートナー。それはiMacという商品にも替えがたいアップルの財産といえるだろう。

(PRESIDENT1999年5月号より)

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「ミスター・ベンツ」と呼ばれる男

昔ながらの古い街並みと新興住宅が混在する多摩地区の甲州街道沿い。大小のディーラーが立ち並ぶ自動車セールスの激戦地にヤナセの府中営業所がある。1997年度の1年間で91台のメルセデス・ベンツを売り、「ミスター・ベンツ」と渾名されるヤナセのトップセールスマンはそこにいた。

一般的に自動車のセールスマンは月に約10台、年間で100台前後を売ればトップセールスマンと呼ばれる。といっても、これは国産車ディーラーでの目安だ。輸入車のセールスを同列には扱えない。 97年の輸入自動車の販売台数は34万1495台。前年比で13.2%減と5年ぶりに前年比を割り込み、国内における輸入車のシェアは9.6%と10%の大台を切った。同年四月からの消費税率アップによる新車不況と国産メーカーの販売攻勢、さらには円安の余波をもろに被って、輸入車は非常に苦戦したのである。 そうした中で唯一、販売台数が前年実績を上回り、日本国内の輸入車販売シェアを3位から2位に引き上げたのがダイムラー・ベンツだ。

たしかにベンツは景気にさほど左右されない堅実なブランド・パワーを持っている。とはいえ、いちばん安いCクラスでも390万円からという高級車を、国産車のトップセールス並みに売るというのは容易なことではない。ちなみに「ミスター・ベンツ」氏がセールスしたベンツの購入額を平均すると600万~700万円。単純計算で年間約六億円を売り上げたことになる。


あまりしゃべらないセールスマン

「セールスの秘訣ですか? うーん……実は私にもよくわからないんですよ。何か特別なことをしているわけじゃないし」
ミスター・ベンツ」こと、河野敬氏(33歳)は少し戸惑い気味にこう話す。株式会社ヤナセ東京支店府中営業所メルセデス・ベンツ販売課係長。それが現在の河野氏の肩書だ。

輸入車のトップセールスマンと聞いて、ある種の先入観があった。セールストークを自在に駆使して自分のペースに相手を引き込みながら、軽やかに交渉事を進めていく……良く言えば洗練された、悪く言えばどこか気取った軽いイメージだ。

だが、その先入観はすぐさま突き崩された。洒落たダブルのスーツこそ着こなしているが、その下に隠されたガッシリとした体躯。短く刈り上げられた頭髪。やり手のセールスマンというよりも、爽やかなスポーツマンという風貌だ。一言一言を慎重に選びながら応対する口調は、実直な印象を与えるものの、お世辞にも饒舌とは言えない。

「(笑)そうですね、あまり浮わついたことを言えるタイプじゃないんです。たしかにトークも必要ですよ、私たちの仕事はセールスなんですから。ただ、私はトーク以上に必要なものがあると思う。それは、いかにお客様との人間関係をつくっていけるかということです。トークだけじゃそれはつくれない。私たちはただクルマを買っていただいているわけではない。セールスマンとの信頼関係を含めて、お客様に買っていただいているんだと思っています」

顧客との信頼関係が河野氏のセールスを支えていることは、売り上げ実績が如実に物語っている。 97年に売り上げた91台の内訳を見ると、新車への買い替えが約40台、顧客や業者、業販店などからの紹介による新車購入が約40台。飛び込み営業やショールームへの来店客による新規購入は10台前後だという。つまり、これまでに築き上げてきた顧客との信頼間関係が昨年度の好成績に結び付いたのだ。


野球とアメリカンフットボール

河野氏がヤナセに入社したのは87年。その風貌どおり、学生時代は"体育会系な日々"を過ごしてきた。高校3年間は野球漬け。元阪神の左腕、猪俣隆投手を擁する堀越学園高校でレフトを守っていた。残念ながら甲子園行きは果たせず、都大会の準決勝止まり。同年代に早実の荒木大輔(元ヤクルト→横浜・現野球解説者)らがいた。

大学進学後は「野球に見切りをつけて」、アメリカンフットボール部に入部。4年間、クオーターバックとしてチームを引っ張ってきた。激しいチャージを受けて背骨を骨折したこともある。

大学4年のときに「実業団に行ってアメフトを続けるかどうか迷った」が、最終的には営業の仕事に魅力を感じて就職先に選んだのがヤナセだった。クルマは好きだったが別段、クルマ・マニアでもない。メカニックに強いというわけでもなかった。クルマを初めて買ったのも入社して1年後。そんな河野氏が、なぜ輸入車のセールスマンになろうと思ったのか。

「やっぱり輸入車イコール高級車というイメージはありました。ベンツのようなクルマに乗っている人はやはりそれなりのステータスのある方々だと思ってましたし、そういう人たちと車を通して接することで、自分自身を高められれば……という気持ちがありましね。自分が高まったのかどうか、今でもわからないですけど(笑)」

最初に配属されたのが府中営業所。今でこそ宅地開発が進み新住民が増えて、マーケット・ポテンシャルを高めている多摩地区だが、配属された11年前当時はまだ輸入車セールスにとって未開拓のマーケットだった。

「私が入社した当時はそんなに輸入車がバンバンと売れるような地区ではなかったし、個人的にも売れるとは思ってなかった。だって、入社したばかりで右も左もわからないですからね。とにかく毎日、100軒の飛び込み訪問をやってました。でもなかなか成果が出ない。こんなことやってて本当に売れるのかと嫌になりましたよ。でも、諸先輩方に教わったり、励まされながら続けることができた。結局、その頃にヤナセのセールスマンとしての基礎や礼儀を徹底的に仕込まれたんですね。やっぱり高額な商品を売るわけですから、お客様の立場に立った応対や礼儀は欠かせない。今でもその基本を大切にしています」

セールス初年度の87年、河野氏は年間35台を売り上げた。戦力としてさほど期待されない新人としては上出来な数字だ。以来、57台(88年)、78台(89年)、61台(90年)、48台(91年)、57台(92年)、56台(93年)、60台(94年)、60台(95年)、72台(96年)……と順調に販売実績を重ねてきた。バブルが崩壊した一時期は成績も落ち込んだが、落ち込んだままの日本経済とは逆に、河野氏の販売成績は再び上向いている。

「お客様の買い替えのリズムや紹介していただくリズムが、ちょうど重なっただけですよ」

と、河野氏はあくまで謙虚だが、そうした顧客との信頼関係は一朝一夕には築けない。数字は、入社以来、河野氏が地道に積み上げてきた顧客との信頼関係の表れでもあるのだ。


クオーターバック式営業手法

「よく『セールスに奇策なし』と言いますが、そのとおりだと思います。やっぱり日々の小さな努力が先々、大きな成果に結びつく。ただし、より効率のいい努力の仕方というのはあるんじゃないでしょうか。そのためのポイントになるのが“情報”だと思う」
単純に足で稼ぐ情報もある。河野氏の頭の中には担当地区内の輸入車ユーザーのデータがつねに入っているという。もちろん、アフターサービスや商談を通じて顧客から情報を得ることもある。

「例えば、誰々さんはそろそろクルマを買い替えようと思っているといった情報はお客様と接していないと得られない。日常の仕事の中で、いかにそうした地域の情報を集めるか。それに、昔ながらの街というのは、農家とか地主さんとか、土地持ちの方が多いですよね。そういう土地柄だと閉鎖的な部分もあってなかなか入り込むのが難しい。でも、逆にご近所に顔の利く一人のお客様に買っていただくと、周りのお客様にも買っていただけたりするんですね。そうしたお客様同士の繋がりなども大切な情報になります」

地域の情報を拾って活用するばかりではない。逆に顧客の購入意欲を刺激するために“情報”を与えることもある。例えば、知りうる範囲で得た新車情報などを早めに顧客に案内する。早ければ1年前に案内することもあるという。色や内装のオプションなどにこだわりを持っているベンツ・ユーザーほど予約注文も取りやすい。

相手の情報と自分の攻め手の中から、最良の戦略を選ぶ……それはあたかもアメリカンフットボールのゲームのようだ。ゲームの司令塔であるクォーターバックは敵味方の動きをワイドに捉えて、突破口を的確に判断しなければならない。

「そうですね、たしかにクオーターバックの経験は役立ってるのかもしれません(笑)。アメフトには何百通りのプレーパターンがある。それを体に覚えさせて、瞬時に動けるようにしなければならない。セールスも、お客様から発せられるシグナルに俊敏に対応しなければならないんですよ。例えば『次はこういうクルマに乗りたい』とか『いくらで下取りしてくれる?』といった言葉は買う気があるというシグナル。それを見誤ったら駄目です。それにクオータバックがその時々の条件を見極めてプレースタイルを組み立てるように、セールスにもお客様個々の条件によって攻め方の選択肢がある。その中からお客様も私も満足のできる最良の方法を選ぼうとするわけですから」

アメフトで培ったメンタル面の強さと瞬発力、そして戦略眼。それは誰にも真似のできない河野氏の強みなのだ。


一流のセールスマンの条件とは

顧客との信頼関係を築く。情報を活用する。河野氏が明かしてくれたセールスの秘訣は、彼自身が言うように何も特別なものではない。世の中、顧客との関係をもっと密にしようと、プライベートタイムを削ってまで酒席やゴルフに付き合うセールスマンもいる。ところが河野氏は「お客様の懐に入ろうという努力はします。でも、媚びるのは好きじゃない」とキッパリ言う。

「以前はお客様の言いなりになることがサービスだと思っていたんですね。でも一人のお客様に振り回されていたら、ほかのお客さんに迷惑がかかるし、それでは本当の信頼関係をつくることはできない。今はお客様が本当に困ったときに、必要なときに頼れるセールスマンであるべきだと思っています」

その言葉を裏づけるように、河野氏の顧客の一人がこんな話をしてくれた。「彼とは10年以上の付き合いになりますけど、いったん、売るとおとなしいものですよ(笑)。頼みもしないのに客の家族の誕生日に花を贈ったりするのはセールスの常套手段じゃないですか。でも、彼はそういうタイプじゃない。買い替えにしても、不思議に向こうからアクションしないですね。でも、売らんがために嘘をつくようなことはないし、こちらがお願いしたことへの対応も早い」

先日、整備点検に出して返ってきたベンツにシミが付いていたことがあった。当日、『何かありましたか?』と連絡を入れてきた河野氏にそのことを告げると、彼はその日のうちに訪れ、クルマのキーを借りて何時間も掃除を続けていたという。

「梅雨の不順な天候にもかかわらずね。それでシミもすっかり落ちた。本来ならセールスの責任じゃないんですけどね。家内も『一流のセールスマンは違うわね』って言ってました。ヤナセのクルマに乗りたいという人が身近にいれば、やっぱり彼に紹介しようと思いますよ」


重厚、堅実さはベンツと同じだ

自らを売り込むようなトークをするわけではない。顧客に媚びるようなフォローもしない。しかし、礼儀正しく、誠実で、ここ一番というときにはたしかな信頼を感じさせてくれる。付き合えば付き合うほど、その良さが見えてくる、それはベンツというクルマが持っている独特の重厚さや堅実さと相通じているように思える。「ミスター・ベンツ」という称号は、単に販売実績というだけではなく、河野氏のセールススタイルに実に適っているのではないだろうか。本年度、河野氏は個人的に100台という販売目標を設定した。目標を達成すると入社してからトータルで775台を売った計算になる。

「いくら不景気だといっても、一個人で見ればそんなに財政が苦しいわけじゃないと思うんですよ。要は消費のマインドが冷え込んでるだけ。こういう時代ですから、無駄なお金は使わないけれど、本当に必要なものには皆さんお金を出すんですね。だから、ただ『買ってください』では売れない。ベンツを買うことがその人にとってどんな意義があるのか、メリットがあるのか。それをこれからはもっとアピールしたい。何とか1000台は売りたいと思ってます」

自動車不況というアゲンストを乗り越えて、さらなる高みを見据えた一言。しかし「ミスター・ベンツ」のそれは決して大言壮語には聞こえない。

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DELL.jpg南の島のハイテク工業地帯


東南アジアの半島国家マレーシア。その北部西岸にペナン島が浮かぶ。日本では観光地として知られているこの島は、優遇税制で呼び寄せた海外資本の工場が並ぶ大工業地帯でもある。南部の工業団地に進出した企業にはインテル、モトローラ、日立など日米の情報通信関連企業が多い。デルコンピュータの製造拠点「APCC(アジア環太平洋地区カスタマーセンター)」もここにある。この地の利がAPCCの強みでもある。インテルのCPUからSONYのCD-ROMドライブまで、ほとんどの部品を近辺で揃えることができるからだ。それは輸送コストの軽減だけでなく、部品メーカーとの綿密な打ち合わせにも反映される。インテルの担当者とは週3回のペースでミーティングが行われているという。

日本市場向けのデル製パソコンは、すべてここAPCCから出荷されている。ただし、デルのパソコンを店頭で買うユーザーはいない。デルは直販メーカーである。問屋や小売り店、OA機器商社という中間業者をすべて省き、メーカーからユーザーにパソコンを直接届ける直販システム。テキサスの大学生だったマイケル・デルが学生時代にこの方式で始めた会社は、1984年の創業から13年間で世界最大の直販パソコンメーカーとなり、パソコン市場全体のなかでも第3位にまで成長した。

「ここから出荷されるパソコンは、お客様の手元に届くまで一度も箱が開けられることがありません。だから品質を保証できるのです」

APCCのマーケティング担当バイスプレジデント・ホワイトリィ女史が胸を張る。他社の海外製パソコンは、日本に陸揚げされたあとでいったん開梱され、日本語キーボードなどの周辺機器や部品を取り付け、日本語OSなどのソフトウエアをインストールしている。その過程でコストが発生し、事故の発生率も高くなる。だがデルにはそのような問題はない――というわけだ。工場の中を歩けば、日本人顧客用に日本語のマニュアルを詰めた箱が確かにあった。

APCCの中はハイテク機器製造ラインのイメージとはやや異なる。いわゆるクリーンルームではなく、施設内に生産機械の音がこだましているわけでもない。従業員は私服で勤務している。理由は、半導体やハードディスクなどのデリケートな部品が「すでに作られた状態」でここに運び込まれ、ここではそれらを組み合わせる作業だけが行われているからだ。

「この紙がお客様の注文を記したものです」 APCCの責任者であるグリフィン氏(バイスプレジデント)がカーボンコピー付きの紙を手に取る。この紙には顧客一件ごとの細かい仕様が記されている。曰く、CPUはペンティアムの何メガバイト、半導体メモリは何メガバイト、ハードディスクは何ギガバイト、増設ボードはどのような種類のものを何枚……。見た目は、金属の箱に流れ作業で部品を装填していくだけなのだが、1つ1つの性能は顧客のニーズに合わせて細かく異なっている。この仕様書がデル社内で「トラベラー」と呼ばれるのは、顧客の発注から組み立て、発送まで、1台につき1枚ずつ一緒に工場内を旅する紙だからだ。

無事完成品を出庫したあとも「旅行者」の旅は終わらず、顧客からのクレームに備えて1ヵ月間APCCに保存されている。

APCCから送り出されるパソコンの輸送を一手に引き受けているのはフェデラルエクスプレス社(通称フェデックス)である。夕方にトラックで運ばれてきたパソコンは、フェデックスの貨物専用機に積み込まれ、日付が変わる前にフィリピンのスービックに運ばれる(ここがフェデックス・アジア地区のハブ空港である)。翌日午前3時には日本行きの便が離陸し、成田には朝8時前に箱が着く。ここから陸路をとり、最長でもその翌日には顧客の手元に到着する。

ヒューストンのトラックドライバーからスタートし、マレーシア・シンガポール担当のマネージング・ディレクターまで出世の階段を昇ってきたウィルソン女史が、先の「箱が開けられることはない」というホワイトリィ女史の言葉を裏づける。「ええ、確かに基本的に箱が開けられることはありません。着陸前に通関書類の処理が行われていますので通関も非常にスピーディーに処理されています。100箱に1つ程度の割合で抜き取り検査が行われる場合はありますが」

空港を取材したのがちょうど夕方。見れば、フェデックスの貨物専用機の横に薄紫色のビニールで被いをかけたデル製パソコンの山が積み込みの準備を待っていた。「飛行機からトラックまで、全部自前で持っていることが、これだけ素早いサービスをお客様に提供することを可能にしているんです」とウィルソン女史。顧客優先の効率至上主義という点で、デルとフェデックスには通じるところがある。その手段として自前主義をとるところも同じだ。空港から外に眼を転じれば、のどかな草原が広がる田舎の風景なのだが、フェンスの内側では、貪欲なまでに効率を求めるアメリカ式ビジネスが展開されている。

徹底した効率至上主義がデルの信条である。小ささで世間一般を驚かせるようなパソコンを作ってみたりはしない。デザインに特に凝るわけでもない。将来、デルの製品が文化遺産として博物館で珍しがられることは決してないだろう。パソコン文化史的には面白味のない企業とも言えるのだが、株主にとっては極めて面白い企業なのだ。


元祖「直販」の意地

97年からデルは得意の直販方式をさらに効率化させた。名称は「デル・プラス」。今までの直販方式との最大の違いは、他社製の周辺機器やソフトウエアとの相性もデル側がチェックしたうえで製品を組み上げるという点にある。箱を開けたユーザーは、細かい設定に難儀することなく、ただ周辺機器を接続してスイッチを入れればよい。新しいプリンタを繋げたとき、社内LANに接続しようとしたとき、動かない原因がパソコン側にあるのかほかの機器にあるのかわからずに難儀した経験者は多いだろう。その問題を工場内で「確認済み」にして出荷するのが「デル・プラス」というわけだ。検証する対象には、ユーザー企業が自分で作ったソフトウエアも含まれるという。

今までこの種の複雑な“相性判断”は、社内のシステム部門の人間やOA機器商社などが手作業で行ってきた。その手間を工場内で請け負ってしまおうというのが「デル・プラス」だ。ただしこのサービスは法人顧客のみに提供されるものであり、1台単位で買う個人のために用意されているものではない。

本当の直販とはここまでやって言えることだ――というデルの自信が見て取れる。昨年から日本のパソコン市場にBTO(ビルド・トゥ・オーダー)という言葉が登場し、一種の業界内流行語になっている。直訳すれば「受注に応じて製品を作る」という意なのだが、裏返せば、注文を受けなければ製品を作らない――すなわち過剰在庫を持たない生産方式ということである。ただし、OA商社などの中間業者からまとまった注文を受けて動くスタイルがほとんどであり、デルのようにエンドユーザーからの注文に合わせる方式とは異なっている。

中間業者からのオーダーを受けて製造すれば在庫コストは軽減できる。またパソコンと周辺機器との相性を調べて実際に情報システムを組み上げる作業(システム・インテグレーション)も中間業者に任せることができるので、川上のメーカーからすれば良い話だとは思うのだが、「デルではその方法を95年で終わらせたんです」(デル日本法人広報部)という。理由は、先に述べた品質管理の問題、そして中間コストが価格に反映され価格競争力に影響するからである。

アメリカでは1台単位のオーダーにも対応する「デル・ウェア」というサービスが用意されている。出荷時にユーザーが希望するアプリケーションソフトウェアを同梱して送る方法だ。ここまでやって直販と言えるのだ。昨日今日出てきた他社のBTOの段階はとうに卒業しているのだ――「デル・プラス」について幾分やっきになって説明する表情は、内外を問わず、今のデル社員に共通する表情でもある。

理屈のうえでは、他社でも「デル・プラス」を真似することはできる。「デル・プラスは知的財産権で保護されているのか」と聞くと「そういう性質のものではない。したがって他社にも真似は可能です」とグリフィン氏は答えるのだが、実際は難しい。規模の小さい会社には、膨大な周辺機器との相性診断が不可能だからだ。デルの優位点は強大な購買力である。マイクロソフトはWindows95発売前に、世界中の主だったモデムメーカー、プリンタメーカーの設定仕様を手に入れた。Windows95上でそれらの機器の接続設定が簡単にできるようにするためだ。これと同じ“数の力”を、デルも持ちつつある。また直販専業であることで、既存の販売チャネルとの衝突を気にする必要もない。集中特化した後発企業の利を、デルは確実に手に入れている。


職場も市場も万博状態

日本市場においては、デルの力はまだ発揮されているとは言い難い。武器であるはずの直販方式が弱点にもなっている。店に行っても、デルのパソコンは置かれおらず、派手なテレビコマーシャルを打つでもない。世界第3位のパソコンメーカーに対する日本での認知はいまだに「知る人ぞ知る」という段階にある。

アメリカのように通信販売が浸透している国では、デルのやり方は早い段階で認知された。だが、日本では同じ絵は描けない。特にこれから、日本の法人市場でサーバを売っていこうとするときに、決裁権を持っている日本のビジネスマンが、日本電気や富士通ではなく、デルの名に判を押すかどうかは大きなハードルとなる。国内シェア1桁のニッチで終わるか、2桁を取る主要登場人物になれるかは、今後のデルの大きな課題である。

だが、デル側の自信は揺るがない。

デルでは、デル・プラスの次の段階としてインターネット上でのサービスを準備している。すでに商品の注文はインターネット上でも可能であり、大口顧客のための専用サポートホームページも用意されているのだが、次の段階では電子決済などの技術と組み合わせることで、「お客様とデルが簡単に、直接やり取りできる場」としてインターネットを使うという。文字どおりのワン・トゥ・ワン・マーケティングを実践しようとしているのだ。
そのサービスのなかには顧客一人一人へのサポートも含まれることになるだろう。

その土台となるような場面を、APCCの中で見ることができた。

APCCデルの他製造拠点(アイルランドおよびアメリカのオースチン)と比べると、最も多くの言語・慣習・宗教、そして未来の市場人口を相手にしている。社内を見れば、アメリカからやって来たマネージャーと一緒に、マレー系、中国系、イスラム系と、実にさまざまな人々が働いている。サポートセンターから聞こえてくる言葉も実にさまざまだ。APCCだけで英語、中国語(北京語、広東語)、マレー語、ハングル、タイ語など8言語に対応している。サポート担当のスタッフが説明する。

「マレーシアのお客様からの質問は、まずその数が多いんです。でもまだ初歩的な質問が多いという傾向がありますね。香港やシンガポールのお客様からの質問は、数は少ないんですが、ハイレベルで厳しいものがあります」

それはそのまま、アジア各国のコンピュータ習熟度の温度差でもあろう。APCCはその温度差を日々、ナマの経験として蓄積していることになる。サポートスタッフの数は16人。この僅かな人数で切り盛りしていることは俄には信じ難い。アジア各国のなかでも、日本のようにユーザーの多いところには別途サポートセンターがあるとはいえ、16人のスタッフが世界で最も広大な地域と言語を相手にしていることには驚かされる。

ダイレクト・セールス部門の壁には電光掲示板がかけてある。電話を待たせている顧客が何人おり、どれくらい待たせているかを表示している。待たせている数や時間が増えると、電光掲示板が赤く点滅し始めるのだという。

「10秒以上お待たせしない、という目標はありますが、お客様一人当たり何分以内で電話を終える、という目標数値はないんです」

ダイレクト・セールス担当のジミー・ウー氏が言う。理由は「顧客満足こそが優先されるのであり、お客様に納得していただくためには制限時間を設けるべきではない」から。デルにおいては「効率」とはなんでもかんでも切り詰めることではない。 日本のソフトハウスのユーザーサポート窓口には孤独な青年が長電話をしてくる例があるという話を思い出し、「相手が長話をしてきたのときに、電話を切ってしまいたいと思うことはないのか」と聞いてみた。ウー氏は笑いもせずにこう答えたのである。

「『切りたい』と考えることも、ここでは許されないんですよ」

(PRESIDENT1998年3月号より)

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