勝者の代償―ニューエコノミーの深淵と未来 (単行本) ロバート・B. ライシュ (著), Robert B. Reich (原著), 清家 篤 (翻訳)
われわれは、より長く、一生懸命に働いて、豊かになったのになぜ幸せになれないのでしょうか?
【1】
「生計を立てること」と「人生を豊かにすること」その両者を両立することは、ニューエコノミーの到来でますます難しくなった。
ニューエコノミーのすばらしさは散々語られてきた。だが、それが人間としての我々にどれだけ意味があるのか?そして我々はどんな人生を送りたいのか?その議論はほとんどされていない。
繁栄の時代と言われながら、家族は崩壊し、コミュニティは分解、自分自身の誠実性を守ることすら難しくなっている。これは新しい経済のもたらす莫大な恩恵と比べても小さなものではない。
労働者と個人の生活のバランスをとることは、もはや個人の問題ではない。仕事やその報酬がどうあるべきか、つまり社会に対する問いなのだ。
【2】
ニューエコノミーは、我々に大量かつ簡単に経済的機会を享受する手段を与えてくれた。これは申し分のないことだ。しかし忘れてはならない。我々は買い手であると同時に売り手でもあるのだ。
買い手としての私たちが便利になるということは、売り手としての私たちがますます激しく戦わねばならないことを意味している。
大事なことはニューエコノミーのもたらす恩恵と、それにより被る損失はコインの表裏であるということだ。これが加速するほど利益も損失も大きくなるのだ。
技術革新が買い手により多くの選択肢を与え、買い手を喜ばせようとすればするほど、売り手である我々はより不確実、不安定になる。こうしてすべての人が収入も仕事も不安定で予測しにくくなった。
【3】
ニューエコノミーはコミュニティにも影響を与えている。今や我々は自分のコミュニティを選べるようになった。しかしそれは稼ぎで選別される。どこに住んでいるかはいくら稼いでいるかと同義だ。
この選別メカニズムが、貧しいものの費用負担を前より大きくした。学校、大学、育児、医療、保険、税金、投資収益などが富の大きさで決まる。貧しいものほど不利だ。
誰もこうした結果を望んだわけではない。各人が自分や愛する者のために最善を尽くした結果だ。また富める者が貧しい者に慈悲をなくしたわけでもない。心から助けたいと望み寄付や活動もしている。
しかし選別のメカニズムが行動を難しくしている。富める者と貧しい者の暮らしの統合は、今、自分たちが享受している最高の近隣社会、学校、医療と保育、人脈などを犠牲にすることだからだ。もはや個人の徳義だけで、この問題は正せない。
【4】
我々は、現在、今3つの視点からニューエコノミーを見ている。
まず、そのすばらしさを熱狂的に語る視点だ。それが我々の生活を豊かにしてくれたことは紛れも無い事実で称賛するのは当然だ。
もう一つは解き放たれた資本主義の危険性と略奪性を語る視点だ。世界企業や国際金融資本の力と貪欲さ、移民、外国人、少数民族の侵食など、ニューエコノミーがもたらした混乱を考えれば、それを恐れ、不当な負担を負わされたと感じるのも当然だ。
そういう人たちは激動の原因を企業、グローバリゼーション、国際的資本の流れ、移民の流入、少数民族と考える。しかし本質はすべての人の取引が容易になったことによる競争の激化が原因だ。
最後はバランスよい生活を得ることの難しさを語る視点だ。我々は懸命に働き、金持ちを目指すほど、自分の家族、友情、コミュニティ、そして自分の心がどうかなってしまうのではないか不安になる。
我々は、このようにニューエコノミーという一つの事象に異なった視点で反応し、そのつながりを見ないでいる。
【5】
今こそ、我々はつながりに眼を向けるべき時だ。そして経済ダイナミズムと社会的平穏のどんな組み合わせを望むのか、さらに両社のバランスを得るためにどんな選択をすべきか議論すべきだ。
求めるのは純資産や国民総生産ではなく精神基盤の安定、人間関係の豊かさ、家族の健全性、コミュニティの品性などのはずだ。
今こそニューエコノミーを整理するべきだ。これにより市場を組み立て、家族やコミュニティもそれに応じて機能させる。個人はその中でバランスをとる。こうした決定を通して、社会を再定義する。
我々は現在の潮流や選別メカニズムの奴隷ではない。本当に望むなら経済的有用性を超えて、市民としての相互義務を果たすことが出来る。またそのような形の仕組みを作ろうと主張することもできる。
あとはこれを皆で行うのか暗闇で一人取り組むのかということだ。
<コメント>
本書はニューエコノミーの到来で、米国がどう変質したのか反省をこめて分析します。著者はクリントン政権で労働長官を務め、完全雇用を提唱したロバート・ライシュ氏です。
ニューエコノミーで豊かになったのは、ほんの一握りの上層の人、大半は長時間労働のサイクルにのみこまれました。アメリカ人の労働時間はヨーロッパ人よりも年間350時間も多くなり、個人の生活は傷つき、コミュニティは崩壊しました。
もちろん著者が見ているのはアメリカの社会です。ですがそのアメリカをお手本にしてきたのが日本ですから、遅かれ早かれ日本の行く末ともいえます。
すでに似たような兆候は現れています。少し前から企業を「勝ち組」「負け組」と分けてとらえるようになりました。最近では、この言葉は今では個人に使われます。「勝ち組サラリーマン、負け組サラリーマン」といった見出しを電車の中吊りなどでよく見かけます。
均質と言われてきた日本でも2極化を意識するようになったのでしょう。「金持ち父さん貧乏父さん」という本が売れるのはその象徴ではないでしょうか。
現に失業率が高止まりして、路頭に迷う人がたくさんいる一方、年収数千万円というサラリーマンがいます。強きにやさしく、弱きに厳しい構造改革もこうした二極化に拍車をかけそうです。
そして社会がそれを当然のこととして受け入れはじめている気がします。
本書には、反面教師アメリカが描かれていますが、では一体日本はどこに向かっていけばいいのでしょうか?
(ビジネス選書&サマリーより)
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