「1日100件訪問」の猛者が覚えた「工夫で売る法」-東京リコー城南営業部
顧客は営業マンの訪問は嫌なのか
7年連続の増収・増益を記録しているリコーは、消費不況のおり同業他社の垂涎の的だ。とはいえ、業績に貢献しているのは海外部門の好調で、国内での販売は厳しい。しかし、そんな中でも、この2年間、「バブル期並み」という好業績を維持する営業部がある。リコーの販売会社、東京リコーの城南営業部だ。
東京の山手と下町の要素が混在する城南地区──。ビジネス街があると思えば、昔ながらの町工場も高級住宅地もある、文字どおり、東京の縮図ともいえる地域だ。東京リコー城南営業部は53名の陣容で、品川区、大田区、目黒区、世田谷区をテリトリーとして法人営業に動く。
その感触を部長の山田雅之(44歳)は「いいですね。すごくいい。われわれは2000年に『新販売に挑戦!』をスローガンに、営業手法の徹底した改革を行いました。以来、売り上げも利益も2ケタの伸びですから。1998、99年の低迷期に比べたら1.5倍の数字になりますよ」と胸を張る。
こう話す山田には“負の原点”ともいうべき苦い思い出がある。城南営業部に赴任してきた98年当時のことだ。長年の得意先だった、品川区の中規模メーカーに納入していたコピー機5台が、そっくりライバル会社に引っくり返されたのである。予期していなかった事態だけにショックだったという。
「『もうリコーさんのような古い体質の会社は選びませんよ』と先方に言われました。ライバル社は、電子メールやインターネットを使いスマートに提案している。
『高い安いではありません。このほうが当社も楽なんです』と。いわば、私たちが大事にしてきた、お客さまへ日参する営業文化が否定されたのです。これは、やり方を変えないと大変なことになると震えがきました」
この案件だけでなく、当時は他社に顧客を奪われることが多く、敗戦状態だった。営業部内にある7つの営業所の売り上げも落ち込んでいた。
「98、99年というのは、多くの企業が職場にITを導入した時期で、業界としてはそんなに悪い時期ではなかった。しかし我々は、お客さまのそういう変化を読めず、今までのやり方で営業をやっていたわけです」
市場のニーズは構造的に変化しつつあった。コピー機などの単独ニーズから、社内システム構築の総合的な提案能力が期待されるようになったのだ。
「ものを売ろうとしても駄目。顧客の求めているものは何なのか、という顧客志向の営業へと、発想を転換することが必要だと痛感したわけです」
そのバックボーンのひとつは、99年にリコーが実施した、顧客企業へのアンケートだった。最も好ましい営業の手段を尋ねると、「訪問セールス」という答えが55%、「電話」が23%、「ネット」が22%だった。山田はこの結果を見て危機感を感じたという。「我々は100%足でやっていました。ということは、訪問がいいという以外の、45%のお客さまには私たちの営業は嫌がられていたのでは──」。
得意先のメールアドレスを集めろ!
改革の具体策として山田がまず注目したのは、インターネットだった。前出の品川の会社をはじめ、「メールしてくれたほうが助かる」という声を多く聞いたのだ。「今までのやり方よりメールによる対応を望む顧客が増えているのは間違いないと感じていました」と山田は振り返る。1979年に入社。城東地区を皮切りに、台東営業所で営業マンとしてのスキルを磨いてきた経験がいわせる実感だった。
そこで、山田が発した指示が「得意先のメールアドレスを集めろ!」だった。2000年1月のことである。
およそ1万5000の顧客を持つ同営業部だが、営業マンの手元にある名刺を改めて見たところ、300社ほどの名刺がすでにアドレスを刷り込んでいた。インターネットが予想以上に浸透していることに気づかされた山田は、全営業マンに得意先関係者との新たな名刺交換を指示した。その結果、2月末までに約800件が確保できた。
もともと、リコーの営業は大手企業だけでなく中堅・中小を多く顧客に持つことから、顧客企業との濃密な人間関係を大切にする“熱い”体育会的なノリを持つ。このことは本社社長の桜井正光が提唱する、「火のように燃えて挑戦し続けよう」という企業理念「ファイア文化」にも通じる。城南営業部のトップセールスで大井営業所係長補佐を務める貝崎圭介(37歳)も、その社風を体現した一人だ。
とにかく貝崎は、メールアドレス入手に走り回った。「最初は半信半疑でした。私たちも、名刺にアドレスが刷り込まれたばかりでしたから。ところが、20数件に確認すると、約半分が持っていた。えっ、こんなところでパソコン使ってたの、という感じでした」と驚きを隠さない。もともと負けず嫌いの貝崎は、ビジネスチャンスをむざむざ潰してしまったと悔しがる。「本来ならリコーが売ることができたはずのパソコンを取られていたんですからね」。
しかし、確かに顧客はインターネットでの取引を求める意思をかすかながらも示していたのである。
こんなことがあった。ある得意先を貝崎が訪問すると、顔見知りの社員が「貝崎さん、タイミング悪いよ」と言う。欲しい品物があり、他社がメールで送ってきたカタログの中にそれがあったので、渡りに船とばかりに購入したというのだ。完全なチャンスロスだ。また、小規模な企業のトップから「恥ずかしいけれど、Eメールについて教えてくれる? 今さら社員にも聞けないし」といった相談を個人的に受けることもしばしばあったという。予想以上にネットやメールは受け入れられていたのだ。貝崎にしてみれば、ちょっとしたカルチャーショックだったろう。
こうした思いは山田も同じだった。「この作業を通じて、実は顧客のことをあまり知らなかったのだと気づいてくれたはずです」。では、次の一手は何か。山田は実にうまい指示を出した。「物を売るな。顧客を調べてこい!」と。
会社の規模や業績、業界での位置付け、コンピュータ環境とその問題点、さらに担当者についても調べた。顧客が必要なシステム提案を、顧客が望むタイミングに、顧客が求める手法でアプローチするためだ。
面白いのは、購入決定権を持つ担当者の年齢を明記させたことだ。あまりにも高齢だとコンピュータネットワークのメリットやシステムを説明しても理解できず、成約には結びつかない。最もダイレクトに反応してくるのは30代後半から40代の管理職である。彼らの理解を得て、購買意欲が高まるよう効果的な営業を仕掛けていく。
城南営業部でのIT導入は決済など事務のスピード化という副作用も招き、それが顧客満足に直結した。山田の号令のもと意識改革を図った2000年、同営業部は2ケタの増収増益となる。
コピー機5台を奪われた品川の会社から受注を取り返すのにも時間はかからなかった。「このお客さまにはどうしても認めてほしかった」と語る山田は、契約が切れた後も担当営業マンを通わせ続けた。待ちに待った次回買い替えの知らせを受けた同営業部の対応は迅速だった。提案するシステムの構築から検証、見積もりまでをまとめ上げ翌朝一番に回答。他社の回答を待たずにリコーが受注した。
商品力が強い今こそ営業力を磐石に
ITの威力を実感した貝崎だが、基本はやはり足での訪問だと言う。
「普段の人間関係がうまくいっていないと、いきなりメールを送っても読んでもらえません。まず読んでもらえる人間関係の構築が大前提です。私にしても得意先であればあるほど、会わないと不安になります。実際、1日の訪問件数は今も30件ぐらいで、それほど変わらないんです。ただ、無意味な訪問がなくなり、営業の質がかなり高くなっていますよ」
貝崎は、新人の時代は1日100件の訪問をこなした。その意味で“ドブ板セールス”は、彼のDNAに染み込んでいると言えるだろう。そこに、ITという近代兵器が加わったと思えばいい。しかも、それは貝崎に新しい営業の醍醐味を味わわせもした。「顧客に合わせて考えたシステムを提案して、発注を受けたときは本当に嬉しかった。これまでとはまったく違った成約でしたから」と言う。
ライバル社の脅威について尋ねてみると「現場で、他社の営業さんとあまりバッティングしません。お客さまに話をきいても『担当がわからない』とか『あまり来ない』という声もききます。商品のブランドに頼って営業努力を怠ったのでは」と、自信が窺われる。貝崎は昨年の4月から年末までで、現在の主力商品である多機能プリンターを30台売り切ったという。
城南営業部の改革は、従業員満足という点でも、思わぬ結果を生んだ。地を這うような訪問活動を繰り返していたときとは違い、無駄がなくなり商談の効率がよくなった。社内でトップクラスの営業成績を挙げながら、「以前より早く帰宅していますし、お休みも多くいただいています」と、貝崎は、趣味のロングボードで日に焼けた顔をほころばす。
城南営業部が、好業績を維持しているのは、これまで培ってきた筋金入りの営業マン魂と、IT戦略も導入した徹底した顧客志向が相乗効果を生んだといえよう。が、絶えざる改革への意思も窺い知れた。
「もちろん、さらなるブラッシュアップはあたりまえです。顧客の要望に応えるため、今後も、我々は変革を続けていきますよ。今は、リコーの商品力も他社と比べて強い。有り難い武器を戴いているうちに営業力を磐石にしたい。負けませんよ」と山田は自信をのぞかせた。
(PRESIDENT2002年3.4月号より)
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