アップルは「iMac」でパソコン市場をまた創った

若き「カリスマ」は鋭利なる経営者として帰還した

ここ数年シリコンバレーでは、まことしやかに「アップル・ディアスポラ」という言葉が囁かれていた。アップル民族の離散。経営陣の方針にしっくりいかないものを感じて退社、あるいは経営陣に盾をついて首を切られたアップル・コンピュータ社の有能なエンジニアたちが、生まれ故郷を追われ、シリコンバレーの隅々へ散っていったというのだ。実際アップル社は設立後20年近くにわたってその大半を大波の浮き沈みに費やし、その時々で山が崩れるように多くの人々がこの会社を去っている。ことに1980年代後半以降の混乱のさまは救いがたく、同社は結局数年の間にジョン・スカリーマイケル・スピンドラーギル・アメリオとCEOが三人も交代するという、目まぐるしいドタバタ劇を演じ上げていた。経営陣に愛想も尽き果てた優れた人材が去り、事実上骨抜きになったアップル社は、96年度には損失10億ドルを出す思えば85年、ペプシコーラから自ら説得して連れてきたCEOジョン・スカリージョブズが追放されて以来12年。追放される前のジョブズはまだ30に手が届くかどうかの若者で、射るような目つきとハンサムな風貌を備え、何よりもパーソナルコンピュータという未聞の製品を世に出したカリスマだった。

今回のジョブズの回帰は、まるですごろくを一巡してふたたびスタート地点に立ったようなものである。そして髪も薄くなり、膨らんだ頬に白髪交じりのヒゲを生やしたジョブズが出してきた第2ラウンドの戦略は、まさに手堅い経営者のものだった。


ジョブズが自ら行った「支援」そして「提携」

ジョブズの戦略はこうである。
まずアップル開発者への積極的な支援。ソフトウエアがなければコンピュータは売れない。そんな当たり前の原則を無視したのがここ数年のアップルの態度で、ソフト開発者たちにとっては堪え難いものだったらしい。

アドビ・システムズの製品開発マーケティング担当副社長のブルース・チャイゼン氏はこう説明する。

「ではこういうソフトを開発しましょうとアップルと話し合い、社内のプログラマーたちと仕事を進める。2週間後に次のミーティングをしようとすると、アップル側ではその担当者もソフト開発のためのリソースもなくなっているんです。それが毎回のことなんです。とにかく方針がころころ変わる。とてもあてにできるものではありません」

アドビ社は90年のピーク時には65%をマッキントッシュ向け、35%をウィンドウズ向けにソフトを開発していたが、98年第2四半期にはこれが40%と60%にすっかり逆転している。同社はプロ向けの出版用ソフト開発で知られ、創業以来アップルの大いなる賛同者だったはずだ。その会社にしてこの方向転換だ。

アドビ社に連絡を取ってきたのはジョブズのほうだったとチャイゼン氏は言う。アドビの創設者ジョン・ウォーナックとミーティングを開き、今後の方針を説明したうえで、ジョブズアップル社への提言を熱心に聞いていったという。今でも4回に一度はジョブズ自身が開発ミーティングに出席し、プログラマーたちと定期的に顔を合わせているという。
「電子メールで質問をすれば、必ず返事が戻ってくる。しかも口先だけでない。ジョブズはちゃんとアクションをする、ダイナミックなリーダーです」

もう1つの戦術はもちろん、マイクロソフトとの提携だ。97年8月、ボストンで開かれたマックワールド・エキスポでジョブズがこれを発表したとき、会場に集まった数千人のアップル信奉者たちから流れてきたのは、ただの沈黙だった。マイクロソフトはアップル社へ1億5000万ドルを投資するうえ、5年にわたって同社の人気ソフトパッケージ「オフィス」をマッキントッシュ用に開発するというのが、その内容だ。そのとき会場の大型スクリーンに写し出されたビル・ゲイツの顔にブーイングした参加者も多かったが、「オフィス98」の売り上げは世界中で150万本を超え、少なくとも数字の上でこの提携はアップル社のカムバックに貢献している。iMac購入者の人気ソフトのベストワンも「オフィス98」だ。

マイクロソフトもアップルの市場を必ずしも小さいものとは捉えていないようで、マッキントッシュ専門チームに200人のプログラマーを投入して、ウィンドウズPCと同じ頻度でオフィスの新製品を出していく体制を組んだ。マイクロソフトのマッキントッシュ・ビジネスユニット・ゼネラルマネジャーのベン・ウォルドマン氏は語る。
「われわれのチームは、マッキントッシュ・ユーザー向けにプログラムをゼロから書いているんです。だからうまく機能する。ネットスケープですら、ウィンドウズPC用のプログラムをいじってマッキントッシュ用に体裁を整えているだけでしかありません」

ウォルドマン氏はジョブズの信頼も厚く、今年初めサンフランシスコで開かれたマックワールド・エキスポでは、ジョブズのプレゼンテーション中に壇上に上がって「オフィス」の解説をした。観客は最初刺すように冷ややかな視線を送っていたが、ウォルドマン氏がマッキントッシュ・ユーザーのために「特別に」付け加えられたフィーチャーを説明するくだりになると、どんどん盛り上がり、最後には満場の拍手で送られての退場となった。

「マッキントッシュ・ユーザーがどんな人々なのか、その文化を理解するために、マイクロソフトではかなりの調査をしています」と告げるウォルドマン氏は、マッキントッシュだけに的を絞った全く新しい製品の開発の可能性も否定しなかった。ちなみにインターネットでマイクロソフトのホームページに行くと、このマッキントッシュ・ビジネスユニットへのリンクがあり、ここでは開発の最新情報を載せたニュースレターが読める。スティーブ・ジョブズは一週間前の、しかも土曜日に「このニュースレターは実によく出来ている」とウォルドマン氏に二度も電子メールを送ってきたのだという。

アップルが勝つためにはマイクロソフトが負けなければいけないという、ばかな考えは捨てなければ」。ジョブズは提携発表の際にそう観客に呼びかけていた。かつてスティーブ・ジョブズとビル・ゲイツは共にIBMを敵に闘ったことはあっても、互いが敵同士だったことはないと、業界に古い人々は口を揃える。実はこの提携こそ両社に利益をもたらし、アップルの復活を裏書きする最も確かな戦略かもしれない。


「クレージーな人間が世界を変えてしまうのだ」

ジョブズはこうして脇を固めながら、アップル社内にも大鉈を振るった。まず取締役会メンバーをほぼ全員入れ替えた。退任した中にはアップル創設時に資金を出したマイク・マークラも含まれている。代わりに親友でオラクル会長のラリー・エリソンらが新しく加わった。そして幹部役員もほとんど刷新して、ジョブズアップル追放中に創設し96年にアップルに買収されたネクスト・コンピュータ社から腹心の部下たちを配備している。アメリカでは大統領や州知事が代わると、省庁や役所のトップも総入れ替えとなる。ジョブズの帰還もそれと同じように、前任者の息のかかった人間を排除するという手続きを踏んでいるのだ。

そのうえで、製品ラインを15から4つに絞り込んだ。プロ向けのデスクトップとポータブル、そして消費者向けのデスクトップとポータブルである。製品ラインのスリム化で、従業員も大幅に削減している。現在のアップル社員は9600人。最も社員が多かった93年の1万5000人と比べると、3分の2に集約されたことになる。 アップル社で新しいOSの開発にあたったあるエンジニアの話によると、同社で進んでいたいくつかのOSの開発は収拾がつかないほどに自由放任されていたという。「300人近くのプログラマーたちがすべてのサブシステムをバラバラに書き進めていたため、一つに合体したときに動かない、などというのが日常茶飯」に起こったという。もともとはジョブズが植え付けた自由奔放の社風が、個々の社員が自己主張するばかりのただの無法地帯にすり替わっていたのである。

これはマーケティングでもしかりだ。ジョブズ前には、15製品にユーザーごとの4つのマーケティング・チームがつくられ、結局は方向付けができないままに曖昧な製品が市場へ流れていった。エンジニアとしてよりマーケッターとしての才能に秀でているジョブズは、自らマーケティング担当副社長に就任してこれにメスを入れた。最初にやったキャンペーンは「シンク・ディファレント(違ったことを考えよう)」で、これほどジョブズの再登場をひと言で表現し切っているものもない。アインシュタイン、ガンジーといった天才たちの写真とともに、次のような言葉が添えられている。「自分の力で世界を変えようと思っている。そんなクレージーな人間が本当に世界を変えてしまうのだ」。

そしてiMacがある。これはまさにマーケティングで成功したコンピュータともいえる。低価格で高性能。しかもお洒落だ。オフィス仕様コンピュータには二の足を踏んでいた普通の消費者や若者が、これに飛びついた。iMacのデザインを手がけたジョナサン・アイブによると、ジョブズにはどんな形のどんなコンピュータが欲しいか、はっきりとしたイメージがあり、その外見にはかなり細かいところまで注文をつけたという。


「ジョブスの会社だから」社員は誰も気が抜けない

だが、43歳にしてすでにシリコンバレーの伝説になっているスティーブ・ジョブズには、裏の顔もある。アップル社の周辺にいる人々に話を聞くと必ずといっていいほど耳にする台詞が、「でもあそこはジョブズの会社だから」。つまり自分の会社だから、何をしてもいいというわけだ。

例えばこんな逸話を聞いた。マネジャー・ミーティングで熱心にメモを取っていた社員に、ジョブズが冷たく言い放つ。「私の言ったことが覚えられないようなら、今すぐやめろ」。これは「メモを取るのをやめろ」ではなく、「会社を辞めろ」の意味だったとか。ジョブズが復帰して1カ月間は、こうした気紛れなリストラが嵐のように吹きまくり、300人もの社員がアップル社を去っていったとも噂されている。ジョブズの車が駐車場に止まっている間は、誰も気が抜けないとある社員は言う。ジョブズは本当に優れた人間しか身の回りに置きたくないのだと、彼を知る人間は言う。神経質で横柄なカリスマは、今もジョブズの中に宿っている。

「終わりよければ、すべてよし」。シリコンバレーはまさにそういった風土だ。そしてスティーブ・ジョブズは自分の求めるものを手にするために、何の妥協も躊躇もしない。ジョブズにとっての「終わり」、世界の変革はどんなかたちでやってくるのか。ジョブズはその道のりに、まだ出かけたばかりなのである。

(PRESIDENT1999年5月号より)

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このページは、が2008年1月23日 04:19に書いたブログ記事です。

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