「産地直送パソコン」の作り方―デルコンピュータ・ペナン工場―

DELL.jpg南の島のハイテク工業地帯


東南アジアの半島国家マレーシア。その北部西岸にペナン島が浮かぶ。日本では観光地として知られているこの島は、優遇税制で呼び寄せた海外資本の工場が並ぶ大工業地帯でもある。南部の工業団地に進出した企業にはインテル、モトローラ、日立など日米の情報通信関連企業が多い。デルコンピュータの製造拠点「APCC(アジア環太平洋地区カスタマーセンター)」もここにある。この地の利がAPCCの強みでもある。インテルのCPUからSONYのCD-ROMドライブまで、ほとんどの部品を近辺で揃えることができるからだ。それは輸送コストの軽減だけでなく、部品メーカーとの綿密な打ち合わせにも反映される。インテルの担当者とは週3回のペースでミーティングが行われているという。

日本市場向けのデル製パソコンは、すべてここAPCCから出荷されている。ただし、デルのパソコンを店頭で買うユーザーはいない。デルは直販メーカーである。問屋や小売り店、OA機器商社という中間業者をすべて省き、メーカーからユーザーにパソコンを直接届ける直販システム。テキサスの大学生だったマイケル・デルが学生時代にこの方式で始めた会社は、1984年の創業から13年間で世界最大の直販パソコンメーカーとなり、パソコン市場全体のなかでも第3位にまで成長した。

「ここから出荷されるパソコンは、お客様の手元に届くまで一度も箱が開けられることがありません。だから品質を保証できるのです」

APCCのマーケティング担当バイスプレジデント・ホワイトリィ女史が胸を張る。他社の海外製パソコンは、日本に陸揚げされたあとでいったん開梱され、日本語キーボードなどの周辺機器や部品を取り付け、日本語OSなどのソフトウエアをインストールしている。その過程でコストが発生し、事故の発生率も高くなる。だがデルにはそのような問題はない――というわけだ。工場の中を歩けば、日本人顧客用に日本語のマニュアルを詰めた箱が確かにあった。

APCCの中はハイテク機器製造ラインのイメージとはやや異なる。いわゆるクリーンルームではなく、施設内に生産機械の音がこだましているわけでもない。従業員は私服で勤務している。理由は、半導体やハードディスクなどのデリケートな部品が「すでに作られた状態」でここに運び込まれ、ここではそれらを組み合わせる作業だけが行われているからだ。

「この紙がお客様の注文を記したものです」 APCCの責任者であるグリフィン氏(バイスプレジデント)がカーボンコピー付きの紙を手に取る。この紙には顧客一件ごとの細かい仕様が記されている。曰く、CPUはペンティアムの何メガバイト、半導体メモリは何メガバイト、ハードディスクは何ギガバイト、増設ボードはどのような種類のものを何枚……。見た目は、金属の箱に流れ作業で部品を装填していくだけなのだが、1つ1つの性能は顧客のニーズに合わせて細かく異なっている。この仕様書がデル社内で「トラベラー」と呼ばれるのは、顧客の発注から組み立て、発送まで、1台につき1枚ずつ一緒に工場内を旅する紙だからだ。

無事完成品を出庫したあとも「旅行者」の旅は終わらず、顧客からのクレームに備えて1ヵ月間APCCに保存されている。

APCCから送り出されるパソコンの輸送を一手に引き受けているのはフェデラルエクスプレス社(通称フェデックス)である。夕方にトラックで運ばれてきたパソコンは、フェデックスの貨物専用機に積み込まれ、日付が変わる前にフィリピンのスービックに運ばれる(ここがフェデックス・アジア地区のハブ空港である)。翌日午前3時には日本行きの便が離陸し、成田には朝8時前に箱が着く。ここから陸路をとり、最長でもその翌日には顧客の手元に到着する。

ヒューストンのトラックドライバーからスタートし、マレーシア・シンガポール担当のマネージング・ディレクターまで出世の階段を昇ってきたウィルソン女史が、先の「箱が開けられることはない」というホワイトリィ女史の言葉を裏づける。「ええ、確かに基本的に箱が開けられることはありません。着陸前に通関書類の処理が行われていますので通関も非常にスピーディーに処理されています。100箱に1つ程度の割合で抜き取り検査が行われる場合はありますが」

空港を取材したのがちょうど夕方。見れば、フェデックスの貨物専用機の横に薄紫色のビニールで被いをかけたデル製パソコンの山が積み込みの準備を待っていた。「飛行機からトラックまで、全部自前で持っていることが、これだけ素早いサービスをお客様に提供することを可能にしているんです」とウィルソン女史。顧客優先の効率至上主義という点で、デルとフェデックスには通じるところがある。その手段として自前主義をとるところも同じだ。空港から外に眼を転じれば、のどかな草原が広がる田舎の風景なのだが、フェンスの内側では、貪欲なまでに効率を求めるアメリカ式ビジネスが展開されている。

徹底した効率至上主義がデルの信条である。小ささで世間一般を驚かせるようなパソコンを作ってみたりはしない。デザインに特に凝るわけでもない。将来、デルの製品が文化遺産として博物館で珍しがられることは決してないだろう。パソコン文化史的には面白味のない企業とも言えるのだが、株主にとっては極めて面白い企業なのだ。


元祖「直販」の意地

97年からデルは得意の直販方式をさらに効率化させた。名称は「デル・プラス」。今までの直販方式との最大の違いは、他社製の周辺機器やソフトウエアとの相性もデル側がチェックしたうえで製品を組み上げるという点にある。箱を開けたユーザーは、細かい設定に難儀することなく、ただ周辺機器を接続してスイッチを入れればよい。新しいプリンタを繋げたとき、社内LANに接続しようとしたとき、動かない原因がパソコン側にあるのかほかの機器にあるのかわからずに難儀した経験者は多いだろう。その問題を工場内で「確認済み」にして出荷するのが「デル・プラス」というわけだ。検証する対象には、ユーザー企業が自分で作ったソフトウエアも含まれるという。

今までこの種の複雑な“相性判断”は、社内のシステム部門の人間やOA機器商社などが手作業で行ってきた。その手間を工場内で請け負ってしまおうというのが「デル・プラス」だ。ただしこのサービスは法人顧客のみに提供されるものであり、1台単位で買う個人のために用意されているものではない。

本当の直販とはここまでやって言えることだ――というデルの自信が見て取れる。昨年から日本のパソコン市場にBTO(ビルド・トゥ・オーダー)という言葉が登場し、一種の業界内流行語になっている。直訳すれば「受注に応じて製品を作る」という意なのだが、裏返せば、注文を受けなければ製品を作らない――すなわち過剰在庫を持たない生産方式ということである。ただし、OA商社などの中間業者からまとまった注文を受けて動くスタイルがほとんどであり、デルのようにエンドユーザーからの注文に合わせる方式とは異なっている。

中間業者からのオーダーを受けて製造すれば在庫コストは軽減できる。またパソコンと周辺機器との相性を調べて実際に情報システムを組み上げる作業(システム・インテグレーション)も中間業者に任せることができるので、川上のメーカーからすれば良い話だとは思うのだが、「デルではその方法を95年で終わらせたんです」(デル日本法人広報部)という。理由は、先に述べた品質管理の問題、そして中間コストが価格に反映され価格競争力に影響するからである。

アメリカでは1台単位のオーダーにも対応する「デル・ウェア」というサービスが用意されている。出荷時にユーザーが希望するアプリケーションソフトウェアを同梱して送る方法だ。ここまでやって直販と言えるのだ。昨日今日出てきた他社のBTOの段階はとうに卒業しているのだ――「デル・プラス」について幾分やっきになって説明する表情は、内外を問わず、今のデル社員に共通する表情でもある。

理屈のうえでは、他社でも「デル・プラス」を真似することはできる。「デル・プラスは知的財産権で保護されているのか」と聞くと「そういう性質のものではない。したがって他社にも真似は可能です」とグリフィン氏は答えるのだが、実際は難しい。規模の小さい会社には、膨大な周辺機器との相性診断が不可能だからだ。デルの優位点は強大な購買力である。マイクロソフトはWindows95発売前に、世界中の主だったモデムメーカー、プリンタメーカーの設定仕様を手に入れた。Windows95上でそれらの機器の接続設定が簡単にできるようにするためだ。これと同じ“数の力”を、デルも持ちつつある。また直販専業であることで、既存の販売チャネルとの衝突を気にする必要もない。集中特化した後発企業の利を、デルは確実に手に入れている。


職場も市場も万博状態

日本市場においては、デルの力はまだ発揮されているとは言い難い。武器であるはずの直販方式が弱点にもなっている。店に行っても、デルのパソコンは置かれおらず、派手なテレビコマーシャルを打つでもない。世界第3位のパソコンメーカーに対する日本での認知はいまだに「知る人ぞ知る」という段階にある。

アメリカのように通信販売が浸透している国では、デルのやり方は早い段階で認知された。だが、日本では同じ絵は描けない。特にこれから、日本の法人市場でサーバを売っていこうとするときに、決裁権を持っている日本のビジネスマンが、日本電気や富士通ではなく、デルの名に判を押すかどうかは大きなハードルとなる。国内シェア1桁のニッチで終わるか、2桁を取る主要登場人物になれるかは、今後のデルの大きな課題である。

だが、デル側の自信は揺るがない。

デルでは、デル・プラスの次の段階としてインターネット上でのサービスを準備している。すでに商品の注文はインターネット上でも可能であり、大口顧客のための専用サポートホームページも用意されているのだが、次の段階では電子決済などの技術と組み合わせることで、「お客様とデルが簡単に、直接やり取りできる場」としてインターネットを使うという。文字どおりのワン・トゥ・ワン・マーケティングを実践しようとしているのだ。
そのサービスのなかには顧客一人一人へのサポートも含まれることになるだろう。

その土台となるような場面を、APCCの中で見ることができた。

APCCデルの他製造拠点(アイルランドおよびアメリカのオースチン)と比べると、最も多くの言語・慣習・宗教、そして未来の市場人口を相手にしている。社内を見れば、アメリカからやって来たマネージャーと一緒に、マレー系、中国系、イスラム系と、実にさまざまな人々が働いている。サポートセンターから聞こえてくる言葉も実にさまざまだ。APCCだけで英語、中国語(北京語、広東語)、マレー語、ハングル、タイ語など8言語に対応している。サポート担当のスタッフが説明する。

「マレーシアのお客様からの質問は、まずその数が多いんです。でもまだ初歩的な質問が多いという傾向がありますね。香港やシンガポールのお客様からの質問は、数は少ないんですが、ハイレベルで厳しいものがあります」

それはそのまま、アジア各国のコンピュータ習熟度の温度差でもあろう。APCCはその温度差を日々、ナマの経験として蓄積していることになる。サポートスタッフの数は16人。この僅かな人数で切り盛りしていることは俄には信じ難い。アジア各国のなかでも、日本のようにユーザーの多いところには別途サポートセンターがあるとはいえ、16人のスタッフが世界で最も広大な地域と言語を相手にしていることには驚かされる。

ダイレクト・セールス部門の壁には電光掲示板がかけてある。電話を待たせている顧客が何人おり、どれくらい待たせているかを表示している。待たせている数や時間が増えると、電光掲示板が赤く点滅し始めるのだという。

「10秒以上お待たせしない、という目標はありますが、お客様一人当たり何分以内で電話を終える、という目標数値はないんです」

ダイレクト・セールス担当のジミー・ウー氏が言う。理由は「顧客満足こそが優先されるのであり、お客様に納得していただくためには制限時間を設けるべきではない」から。デルにおいては「効率」とはなんでもかんでも切り詰めることではない。 日本のソフトハウスのユーザーサポート窓口には孤独な青年が長電話をしてくる例があるという話を思い出し、「相手が長話をしてきたのときに、電話を切ってしまいたいと思うことはないのか」と聞いてみた。ウー氏は笑いもせずにこう答えたのである。

「『切りたい』と考えることも、ここでは許されないんですよ」

(PRESIDENT1998年3月号より)

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このページは、が2008年1月21日 07:09に書いたブログ記事です。

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