「リアルとサイバー」二つの店舗で千客万来
インターネットに客との対話はあるか
和菓子とは伝統的な技巧の産物、一期一会の精神で売られるもの、というイメージが強い。だから、「菓匠 白妙」のホームページを見つけ、そこでネット通販を行っていると知って驚いた。しかも、店主の高橋弘光さん(44歳)は、テレビ東京系の人気番組「TVチャンピオン」の「全国和菓子職人選手権」で5連覇を成し遂げた"名人"であった。
1985年創業、「白妙」の店舗は千葉県船橋市、北習志野駅前の商店街にあるが、高橋さんが菓子作りに専念する「菓志巧房」は隣接する八千代市の、のどかな田園風景の一角にある。合わせて従業員は7人、パート8人だ。
仕込みの最中、白衣姿で現れた高橋さんに、和菓子とネットという意外な組み合わせについて聞くと、「ホームページで和菓子が売れるとは思っていないし、売りたいとも思っていませんよ」と、淡々とした言葉が返ってきた。
「全国から注文が来るようになって、96年からホームページ上でネット通販を始めたのですが、ホームページは、もともと電子広告程度のつもりだったんです。求人もできるだろうと。ネットでさまざまなところにアンテナを広げたい、という気持ちはありますが、これを見てウチのお客になってもらう、というところまではいっていません」
知り合いに頼んだこともあって、ホームページの運営コストは月3000円で済んでいる。しかし、発送の手間ひまなどを考えるとネット通販はまだ採算が合わない、という。しかも、菓子の宿命として、通販そのものが難しい。高橋さんもクール宅配便などで何度か試してみたのだが、輸送中の振動や温度・湿度などの変化によって、生菓子は型崩れしてしまうし、干菓子も割れてしまうとか。通販で扱える商品は羊羹などに限られるのだ。
こうした事情もあり、ネットによる注文は現在は月に10件程度。年商1億円のうち、ネット通販の売り上げは「まだほとんどない状態」という。このように物理的な限界があるから、ネット通販に過度な期待はしていないようだ。だからといって見限っているわけでもない。高橋さんは店舗販売とネット販売を完全に切り離して考えている。
店舗販売は客との接点が命。
「和菓子は、寛ぎの時間や癒し、喜びも一緒に売るもの。店ではそうしたことも含めて、きちんとお客様に説明しながら売ります。なかなか理解してもらえないこともありますが……。本当は『いちげんさんお断り』とでもして、お得意様だけを相手にしていれば楽なんでしょうけどね」
例えば、わがままな客が無理な注文をつけたとしても「ありがとうございます」と頭を下げる。その様子を見ている周りの客は、「自分はああいう客にはならないようにしよう」と思う。いつしか自然と、客も「ありがとう」と言って買っていくようになる、という。「いい店は客がつくると言いますが、いい客を店がつくるということもあるのです」。
一方、ネット通販ではこうした接点はない。客と店とが互いに"いい関係"を築いていく環境がないのだ。「直接説明ができないから、インパクトのあるものや他にないもの、見ただけで買いたくなるような面白いものがネット通販には適していると思います」。
今は店売りの仕事で手一杯だが、余裕ができたらネットで売るための和菓子も作ってみたい、という。「本当に考えてはいるんですよ。お餅の中にミルク餡を入れて『おっぱいもち』なんてどうかなぁ(笑)。店ではこんな商品出せないけど、ネットではイケるはず。店で出す和菓子は"品格"、ネットでは"しゃれ"が必要でしょう」。
そう言いつつも、ネット通販での注文に手紙を添えて発送し、メールでの質問にも丁寧に答える。ところが、「せっかくこちらが発信しても何の反応もない」と嘆く。ネットは接点なしの販売ルート、と割り切っているようでも、実は内心、ネットでもそれなりの方法で客との接点をつくろうとしているのではないか。「ネットで客を広げようとは思わないから、ネットでうまくいかなくてもダメージはない」と言うが、逆に、ネットならではの接点が持てるようになれば、積極的に活用したい、ということの裏返しかもしれない。
実は、ホームページ開設のひとつのきっかけである求人効果はそれほどあがっていないが、宣伝効果は大きかったという。「和菓子のホームページ」という珍しさもあって、テレビや雑誌に数多く取り上げられたからだ。
和菓子という"伝統"の世界にネットなど新しいツールを持ち込んだり、テレビに華々しく登場することに抵抗はないのか、あるいは同業者からの反発やプレッシャーは?
「千利休がそうであったように、伝統を守るには、古いものをただ続けるのではなく、つねに新しいものに挑戦しないといけない」とサラリと言ってのける。
甘いものが嫌いであったのが、高校生のときに和菓子作りのドキュメンタリー番組を見て、「究極の省略美」に感動し、和菓子の世界に飛び込んだ。「原点は疑うこと」と自身が言うように、菓子の専門学校でも、伝統として決めつけられていた和菓子の素材や製法にはまず疑問をぶつけた。「もっと違うやり方があるのではないか」と、押し付けのルールを否定し、自分のやり方を探ってきた人でもある。
「TVチャンピオン」では、彫刻やジオラマのような繊細な作品をお菓子だけで作り上げる「工芸菓子」の見事な技を披露したが、それすら「職人のお遊び」と言い切ってしまう。テレビにしても、ネットにしても、つねに疑うことを前提としながら、新しいツールに挑戦しているのだろう。
「世の中が進んでいったら逆の方向に行こうかな」
「店を始めたときから地元だけで商売する気はなく、日本全国、いずれは世界を相手に商売するつもりでした。だから通販は当然のツール。ネット通販もごく自然の流れ」
東京都世田谷区、小田急線千歳船橋駅前の商店街に店を構える「珈琲工房HORIGUCHI」の店主、堀口俊英さん(51歳)は事もなげに言う。
堀口さんはアパレルメーカーからの脱サラで、90年にこのコーヒーショップをオープンさせた。店舗ではコーヒー豆の販売のほか、カフェも併設している。従業員は9人。開店と同時に電話やファクスによる通信販売を始め、98年にはホームページを開設。同時にネット上での通販も始めた。
いずれも、世界中のコーヒーをテイスティングしたという堀口さんが厳選したニュークロップ(新豆)の生豆を丹念にローストしたもの。その日に炒った豆しか使わないという徹底ぶりだ。
ホームページの冒頭には「日本屈指のビーンズショップ。今までに飲んだどのコーヒーよりも、おいしいと思えるコーヒーに出会える可能性があります」とある。『コーヒーのテイスティング』(柴田書店)などの著書があり、コーヒーコンサルタントとしてコーヒーショップやレストランへの卸売りやコンサルタントも手がけている堀口さんならではの、自信に溢れた言葉だ。
「最初から全国エリアでの商売を考えていたから、素材を吟味し、手間ひまかけてローストしているのです。店のあるエリアだけで商売しても採算は取れません。かといって、通販でただ販売エリアを広げればいいというものでもない。通販で売るからには、それなりの高い品質が必要なのです」
例えば、HORIGUCHIでは当初口コミで客が増えていったが、いくらおいしいと聞いても、普通は地元の店で豆を買う。他の地域の客にもリピーターとなってもらうには、その客の地元のショップを圧倒するだけの高い質が必要になる、という。
そのために、豆の品質にこだわるだけでなく、発送用パッケージや包装も工夫した。新鮮な豆を密封するとガスがたまってしまうため、ガス抜きの特殊な穴をつけたパッケージを使っている。豆や挽いた粉は常温乾燥保存、と一般に言われていたが、堀口さんは「冷凍庫で保存しないと香りが飛ぶ」と、通販の客にも正しい保存の仕方をアドバイスし続けた。
こうした努力の積み重ねの結果、通販の売り上げ、特にネット通販が増えているとか。今では月に約200件の注文が入る。
「新規の顧客だけでなく、これまで電話やファクスで注文していた人もネットにシフトしていますね。パソコンが普及してきたせいでしょうか。メールでのやり取りも増えてきました」
店舗では、客の好みや使っている器具などを聞いて会話をしながら、適したコーヒー豆を販売できるが、ネット通販だとそうはいかない。
「だから、ホームページでコーヒー豆の情報や僕がどんな人間で、どんな活動をしているかをできるだけ提供します。さらに、通販の注文に対しては僕が書いた文章やお店の状況などの情報も同封して発送します。ウチのお客様は豆と一緒に僕の考え方も買ってくれていると思っています。店でもネットでも信頼関係を築く努力を怠ったらやっていけないでしょう」
直接会話ができないネット通販は店舗販売よりも信頼関係が築きにくい。だから、ホームページでより多くの情報を提供するし、オーダーが入れば、きめ細かく返事を送る。「例えば、注文した豆に関するちょっとした情報やいつ頃届くのかをメールで送る。これだけでも、ネット注文という慣れない方法に対するお客様の不安を減らすことができます」。
HORIGUCHIでは、年商約1億円のうち、業務用が6割を占める。ちなみに、個人顧客の売り上げのうち、通販は4割、ネット通販はさらにその4割程度だという。店舗販売やネットを通し、個人顧客に対してコーヒーの"普及啓蒙"に努める堀口さんだが、この売り上げ構成が示すように、彼が本当に目指しているのは「日本のコーヒー文化を高めるための業界のレベルアップ」だという。
質の悪いコーヒーを辛辣なまでに批判する一方、自ら最高水準という独自の技術やノウハウを広く公開しているのもそのためだとか。ホームページはその情報公開のひとつのツールでもある。
「ホームページの目的に優先順位をつけるとしたら、『コーヒーショップなどの開業コンサルティング』『業務用卸売り』『個人への小売り』の順。日本ではコーヒー文化が育っておらず、コーヒー業界はまだまだ未成熟。本当に質が高くて美味しいコーヒーを普及させるために、業者に向けて僕の考え方や活動内容を提供したいんです」
そのために、近々ホームページをリニューアルし、業者向けの情報やメッセージを増やす予定だ。
「でもね、世の中がネットで便利な方向にどんどん進んでいったら、そのときは逆の方向に行こうかな、とも思っているんですよ」と、ニヤリと笑う。
「10年くらいしたら、ホームページもネット通販もやめて、歩き回って探さないと見つからないような店にしてしまうとか。ネット全盛になったら、そのほうがおもしろいかもしれないなあ」
趣味が高じて副業にその繁忙を解決すべく
「カレーのお店ハイシ」の本店は大阪府住吉区の住宅街にある。15人も入ればいっぱいになってしまう、この小さな店舗が、ネットを通して全国にカレーを通販しているのである。
この店、店主である水沼健男さん(59歳)のちょっとした副業から始まった。実は水沼さんは「ビル代行クリーン」という年商10億円近く、従業員176人を擁するビルメンテナンス会社の社長なのだ。
10年前、事務所にするつもりで購入した物件がたまたま空いたため、もともと食べることや料理が大好きであった水沼さんは、カレー屋を始めることを思いついた。
「何か食べ物屋をやりたかったんです。カレーは大好きだったし、夜に仕込んでおいて、ビルメンテが暇な昼間に店を開けることができるだろう、と」
水沼さんのカレーは全くのオリジナル。かつて、知り合いのインド人の家庭で食べたカレーがヒントになっている。「美味しかったが、汁っぽくて日本人には合わない」と思い、野菜やフルーツをたっぷり入れて改良してみた。自分で選んでブレンドしたスパイスも14種類。飽きのこない、まろやかでコクのあるカレーを作り出した。この、趣味で家族のために作っていたカレーがハイシの味となったのだ。
かくして、開店時間はビルメンテナンス業の"昼休み"である午前11時30分から午後2時30分までの3時間のみ。会社の休みに合わせたために飲食店ながら日曜・祝日休みという変わったカレー屋が誕生した。ご近所の人気店がまず口コミ、そして評判を聞きつけたマスコミによって広まり、4年後には鶴橋と阿倍野に支店を出すに至った。
「そのうち、お客様から店の場所や『どこで買える?』といった問い合わせの電話がどんどんかかってくるようになりました。しかし、こちらはお昼の3時間、店を開けるので手いっぱい。営業中に電話をもらっても、対応できません。そこで97年にホームページを開設することにしたんです」
ホームページなら店のことを詳しく紹介できる。商工会議所を退職して独立した知り合いのデザイナーに依頼し、年間約12万円のコストで作成・運営できた。同時にネット、電話、ファクスによる通販を始めた。
「本当はもっと早く通販を始めたかったのですが、『真空低温殺菌』という方法がなかなか保健所に理解してもらえなかったんです」
カレーは食材の風味とスパイスの香りが命。作りたてを出せる店と違い、パック詰めの通販では数日間の品質保証のために殺菌が必要。しかし、通常の高温殺菌では風味も香りも死んでしまう。なんとか風味を生かしたまま発送できないか、と研究した結果、真空パックに詰めてから75度で60分殺菌する方法に行き当たったのだという。
余談になるが、カレーもすべて自分で作り出したように、水沼さんはアイデアと努力の人だ。例えば、本業のビルメンテナンスでの経験を生かして、火災避難袋「ニゲニゲフード」なるものを製造販売もしている。小さく折り畳んだ特殊なポリ袋で、火災時にはこれを広げて頭から被って逃げる。袋の中の空気で3分間は持つ、というものだ。
こうしたアイデア精神がカレー業にもいかんなく発揮されているのだろう。今後はカツカレーやエビフライカレーの真空パック化なども考えているという。
ホームぺージが成功の鍵ともなったようだが、ちょっと困ったこともあるという。
「メールでスパイス会社の売り込みや不動産会社からの出店依頼、あるいはビルメンテナンスの同業者から『どうすればカレー屋で成功するんだ』といった問い合わせが来ます。これには答えようがないですね」
しかし、客からの質問メールには丹念に回答を打つ。あるときは「なぜカレーには福神漬けが付くのか」という質問が来たために、何日もかけて調べてから回答したという。
そこまでする必要があるのか、とも思うが、ネットの客は店とは違った意味で気を使う必要がある、という。
「店のお客様は雰囲気で楽しめることもあります。極端にいえば、カツカレーのルーの状態が多少悪くても、豚カツが旨ければまた来てくれます。しかし、ネット通販のお客様はカレーがすべて。一度でもカレーの味が気に入ってもらえなかったら終わりです。だから、最高の状態で発送できるように工夫するし、ホームページやお手紙でできるだけ情報を伝えます」
こうした努力が実ってか、徐々に注文が増え、今では1日当たり8パック入りのパッケージ(カレー8パックの場合、送料・税込みで4650円)で40~50ケースの注文が入るようになった。一度注文した客は、「3分の1がリピーターとなり、3分の1が思い出したころにまた注文し、3分の1がお歳暮などギフトに使ってくれる」という。
"趣味のカレー屋"が、今や従業員6人、パート10人を抱え、年商3億円近くを売り上げるまでに成長した。うち8割近くが通販によるもので、ネット通販はその4割を占める。
ここまで繁盛したら、経営者としてはどんどん出店したり通販を大規模に行うことを考えたくなるのでは?
「以前、あるレストランに卸したら手を加えられたことがありましてね。今でも出店要請は多いのですが、それ以来、自分の目の届く範囲、直接ウチから送れる所でしかやらないことにしているんです。例えば、デパートに出すと、誰がどこに持っていくかわからない。ウチの通販だけだったら、相手がわかる所にだけ送れます。たとえネットであっても、この『相手がわかる』という安心感が大切なんです」
店で培った経験が生む冷静な「ネット観」
つねに疑うことから始める職人の高橋さん、自分の味に絶対的な自信を持つ堀口さん、そして料理好きのアイデアマン水沼さん。まったく三者三様ではあるが、それぞれ店舗を繁盛させるだけでなく、ホームページやネット通販を活用してさらなる可能性に挑戦している。
ネットビジネスは「たまたま」始めて、「なんとなく」うまくいっている、と口を揃えるが、話を聞いていると決して「たまたま」ではないことがわかる。3人とも、"ネットの節度"とでも言うべき感覚が身についているのだ。だから、ネットを重要なツールとして認識しつつも過度な期待はしない。いわば、「半歩踏み込んではいるが、決して100歩は踏み込まない」といった状態を上手にキープしている。
なぜか。それぞれネットだけの商売でなく、実際に販売店舗があり、そこでしっかり根付いた商売を成功させているからだ。
こうした実際の経験で身につけた商売勘は、ネットというバーチャルの世界でも十分役立つ。たとえ未知の分野であっても、ネットの効果と限界を感覚的にすぐ理解できるのだ。
さらに、接客の強みも怖さも知り尽くしていることが大きい。店舗の客とネットの客との本質的な違いを十分理解して、それぞれに適した接客方法を自然に取っている。これも経験と勘のなせる業だろう。
こうしたサービスは顧客も敏感に感じ取るもの。だから"ネットの節度"をわきまえた店に出会えば、たとえ会話のないネット通販であっても、リピーターとなってまた注文するのである。
(PRESIDENT2000年5.15月号より)
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